とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 起こされた聖はふと鏡を見た。

 鏡にはご機嫌な顔が映っている。今日が卒業試験の最終日だからだろう。

 聖にとって、試験は目的を達成するためのイベントに過ぎなかった。両親を巧みに操り、家庭教師を入れ替えるために必要な儀式。

 だが、今回は違う。本堂との約束があった。

 登校すると、どことなく忙しない様子の学生たちで溢れていた。普段は優雅に登校する彼らも、今日ばかりは気が張っているのだろう。

 テストが行われる講堂に行くと、すでに席に着いた生徒は参考書を開いて食い入るように見つめている。

 イライラしている生徒をよそに、聖は欠伸を一つ噛み殺して開始の合図を待った。

 今更緊張などしていなかった。小さいころから飽きるほどやってきたことだ。卒業試験なんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、本堂との約束で「一番で合格」と言われているからには、多少の努力は必要だ。

 やがてスタッフが入ってきて、問題用紙を配った。開始時刻、試験がスタートした。

 会社の資料を見るようにそれにざっと目を通して、解けなさそうな問題がないことを確認して書き込み始める。

 恐らく、本堂なら満点を取る問題だ。なら自分も解かなくてはならないだろう。聖は時間が余るぐらいの速さで解答用紙に書き込んだ。
 
 本当に、本堂は教えてくれるだろうか────。試験に集中しながらも、聖の意識はどこか遠くにあった。

 本堂の発言にはいくつか不可解な点があった。

 本堂が入社したのは比較的ごく最近、数年前のことだ。それまで彼は何をしていたのだろう。本堂は高卒だった。つまり中途採用で入社したということだ。高校を卒業して、本堂は何かしていた。だがそれは履歴書には書かれていない。

 なぜ藤宮に入社しようと思ったのだろう。なぜ家庭教師に応募したのだろう。疑問は尽きない。

 聖の家庭教師は本社内でのみ募集される。それには様々は特典があった。

 聖の家庭教師になることはイコール未来を約束されたのと同じだ。昇給、昇進、未来の社長の右腕。野心のある者ならば当然応募するに決まっている。

 だが、本堂はとてもそうは見えなかった。

 こんなに気になるのは、本堂が初めて自分を『藤宮聖』として接しない人間だからだろうか。

 あの冷めた目が気になるからだろうか。

 彼一は間違いなく、聖が出会った人間の中で最も面白い人物だ。とても興味をそそられる。

 本堂なら、自分が望むことを笑わずに聞いてくれそうだ────なんとなくそう思えた。
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