とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 ある日のことだった。学校で授業を受けている最中だった。

 突然、校内放送で呼ばれた本堂は、クラスメイトにからかわれながら職員室に向かった。

 そして、教師達にすぐに家に帰りなさいと言われた。それ以上は教えてくれなかった。

 慌てて家に帰ると、暗い表情をした麗花が部屋に一人で佇んでいた。

「お母さん、何かあったの?」

「一緒に、病院へ行きましょう」

 麗花は消えそうな声で、強く本堂の手を引いた。

 それがとても不安で、怖くて、その時間が一刻にも一日にも思えた。

 麗花とともに病院に行ったが、その部屋は普通の病室とはどこか違った。

 暗い部屋には、横たわっている人がいた。顔は布で隠されていて、人であること以外は分からなかった。

 本堂はそこにあるそれが何か確かめなかった。なんとなく嫌なもののようなに思えて、ずっと麗花の後ろに隠れていた。

 手を握る麗花の掌は震えていて、その目には涙が浮かんでいた。ただ、それをじっと見上げていた。

 その後、父が事故で亡くなったということを聞かされたが、幼かったからか、まだ漠然としか理解できなかった。

 実感したのは、生活が一変してからだ。

 それからの生活は大変だった。麗花は一家の大黒柱の死を実感する暇もないほど働くことになった。

 会社を一人で何とかしようと躍起になった麗花が持病を悪化させていたのを知ったのは、それから何年も後のことだ。

 本堂は一人で踏ん張っていた麗花に対し我が儘など言えるはずもなく、気を遣って学校行事にすら呼べないでいた。



 それから月日が経ち、本堂が高校生になった頃。

 会社はなんとか落ち着きを取り戻し、黒字と赤字ギリギリの境目を行ったり来たりしながらも、なんとか食べていけるぐらいには元に戻った。

 本堂も学校が終わると麗花の業務を手伝うようになっていた。

 そんなある日のことだった。偶然、従業員の話を小耳に挟んだ。

「本当なのか? 先代が自殺したって話」

「らしいぞ。直接聞いたわけじゃないが……車道に飛び出て車に轢かれたらしい」

「気の毒に、先代も融資さえ打ち切られなければあんなに落ち込むこともなかっただろうに……」

「まぁ大手の藤宮グループだからな……。俺らみたいな弱小企業を一つ切ったところで痛くも痒くもないんだろうよ」

 ぼう然と立ちすくんだ。その会話の内容は耳に、頭にしっかりと残った。

 ────自殺? 親父が……?

 確かめるように当時の資料を漁り、ようやく見つけたそれに本堂は震えた。

 当時、藤宮グループには藤宮ファイナンシャルグループという子会社があり、銀行経営も行なっていた。

 度々融資を受けていた本堂商事は、藤宮グループに取引先として助けて貰っていた。まさに藤宮に足を向けて寝られない状態だ。

 小さな会社が、それらを一片に失ってしまえば──結果は目に見えている。
 
 麗花の努力で倒産だけは免れたものの、最初は従業員の給与すら払えない状態で、麗花は自分の分を削ってでも従業員を助けようとしていた。

 結果、麗花は持病が悪化した。

 その時本堂の脳裏に芽生えたのは言うまでもない。藤宮グループへの殺意だ。

 尊敬していた父親を自殺に追い込んだこと。麗花が辛い思いをしたこと。それらの原因となった藤宮グループが憎かった。 

 その憎しみが向かう先を見定めて、本堂は卒業後は会社を継がず家を出た。
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