学会は年に数度だけ開かれ、世界中から大勢の研究者達が集められた。

 それ以外にも、その分野の事業者や研究者達に資金を提供する資産家達も招待され、毎度来場者の数は多かった。

 ほとんどの来場者は、薫博士とその隣にいるイヴを目当てにしていた。

 研究の発表を終わらせると、薫は耳が痛くなるほど周囲から質問攻めにあった。要は研究者同士で腹の探り合いだ。
 
 薫は堅苦しいお喋りを面倒臭がったが、周りは薫の話を聞きたくて仕方ないので三、四時間長居をするのは当たり前になっていた。

 学会は一通りのプログラムを終え、会場では和やかな立食パーティーが始まった。

 ようやく人混みから解放された薫は、背の高い眼鏡と目立つスキンヘッドを見つけて声をかけた。

「研究、間に合ったみたいだな」

 薫がスキンヘッドの男に嫌味ったらしく言うと、男は薫より更に悪い目つきではん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「フン、なんとかな。悔しいか?」

「うるさいハゲ。お前この間部品融通してやったの忘れたのか」 

「こらこら、二人とも学会に来てまで喧嘩するな」

 軽く睨み合っていた薫とスキンヘッドの男は、背の高い眼鏡の男に仲裁され少し離れた。

 薫より二十センチほど背の高い、スーツ姿に眼鏡が似合う真面目そうな男は高遠(たかとお)
 
 そしてスキンヘッドに派手なサングラスをかけた厳つい風貌の男は竜司(りゅうじ)。二人は薫の学友であり、同業者だ。

 二人は薫の最も親しい友人と言えた。

 風態も性格もバラバラの三人だが、アンドロイドという共通点があったからこそここまで仲良くなった。

 それぞれ企業を経営し、高遠は商用アンドロイドを専門に、竜司は娯楽用のセックス・アンドロイドを専門に扱っていた。

 薫にとって二人は仕事仲間であり、良き理解者でもあった。

「今日の話、実に興味深かったよ。アンドロイドの感情──ぜひその目撃者第一号になりたいものだ」

「それはどーも」

「でも本当に見込みはあるのかい?」

「なんだ、お前も無理だって言いたいのか」

「方々からそういう研究の話を聞くが……成功した話は一度も聞いたことがないんでね」

「……ああ」

「イヴはもう充分完成してるだろう?」

「あいつはまだ不完全だ」

「それを言ったら地球上のアンドロイドのほとんどが不完全だ」

 薫はふっと視線をそらし、イヴの姿を探した。イヴは薫達がいる少し遠くで、他の学者達と話をしていた。

 イヴは当たり前のように普通の人間と会話している。見た目もまるっきり人間の女性と何一つ変わらない。高遠のいう通り、イヴは既に完成していると大半の人間が思っているだろう。

 薫が求めるたったひとつのことを除いては──。

「あんだけのアンドロイドが俺の店にもいりゃあいいのによ。おい、薫。アイツ下の方は使えんのか?」

 皮肉交じりに竜司が尋ねる。

 セックスアンドロイドを専門に扱う竜司としては、やはり見た目の良いイヴが気になるのだろう。竜司の経営する店は数百体の女性型アンドロイドを抱えていたが、イヴほど精巧なものはなかった。

 薫は不愉快そうに眉を顰め、鼻で笑う竜司を一瞥した。

「アイツをセックスアンドロイドと一緒にするな」

「あんだけ上が良けりゃ売れるぜ。お前がその気になりゃ作れるだろ」

「一年中盛りっぱなしのお前とは違うんだよ」

「まさか人間には興味がねえとか言うんじゃねえよな」

「馬鹿、そんなわけ──」

「博士、おまたせしました」

 イヴはワンピースの裾を靡かせながら薫の隣へ駆け寄った。イヴは薫を見て嬉しそうに笑っている。

 そんな様子を見ていた竜司と高遠は、呆れたように肩をすくめた。

「よお、イヴ。久々だな」

「竜司さんに高遠さん、お久しぶりです。博士がいつもお世話になってます」

 イヴは丁寧にお辞儀した。

「本当に、君は見れば見るほど人間だね。薫の気持ちがわかる気がするよ」

「イヴ、今度俺と──」

 竜司の言葉を遮るように、薫がイヴの腕を掴む。

「調子に乗るな。帰るぞ、イヴ」

「え、あの、竜司さんが何か言おうと──」

「放っておけ」

 会場から出て、薫は車を停めているエントランスへ向かった。

 だが、自分の車に誰かが寄りかかっているのが見えてふと足を止める。

 ドアマンではない。鮮やかな赤いミニワンピースを着た女性だった。艶やかなショートの髪で隠れていた顔は、やがて二人に気付いたのか顔を上げた。

「薫!」

 親しげな様子でそう呼ぶと、女性はカツカツとヒールの音を立てて薫に近付いた。

(みさき)……? なんでここにいるんだ」

「父がさっきまでここに来てたのよ。私は近くで食事してたんだけど、薫がここに来てるって聞いたから飛んで来ちゃった」

「親父さん元気か? 来てたとは知らなかったな」

「ええ。会社の人と飲みに行くってさっきここを出ちゃったところなの。薫とも話したがってたわ」

 岬優花(ゆうか)は薫の幼馴染であり、数少ない異性の友人だ。互いの両親が研究者という共通点があり、小さい頃から互いの家を行き来する間柄だった。

 岬はルージュで縁取られた唇で弧を描くと、窺うように薫の顔を覗き込んだ。

「ね、この後飲みに行かない? 色々話したいこともあるし」

「あー……」

 薫は横に立つイヴを一瞥した。岬の弧を描いた赤い唇が僅かに歪む。

「博士、私のことならお気になさらずに。岬さんと楽しんできてください」

「いや、帰ってまだやる仕事が残ってる。また今度にしてくれないか」

「そう、残念ね。また機会があったら飲みに行きましょ」

 岬は気にしないで、とニッコリ微笑んで背を向けた。二人は少しの間岬を見送ると、車に乗り込んだ。

「どうして岬さんの誘いを断ったんですか?」

 車に乗るなり、イヴは険しい表情で尋ねた。

「言っただろ。やることがある」

「そんなこと言って、いつもそうやって断ってるじゃないですか。人間関係を円滑にすることも大事ですよ」

「じゃあお前、俺が岬と飲みに行ってもよかったのか」

「はい」

 イヴはしっかりと頷いた。

 表情にこそ出さなかったが、薫は落胆していた。

 聞きたいのはそんな答えではなかったが、主人に忠実なアンドロイドにそんなことを言っても無駄だろう。薫はそれきり口を噤んだ。

 イヴの言う通り、薫はいつも岬の誘いを断っていた。それは仕事が溜まっているからでもなく、岬のせいでもなかった。あの広い家にイヴを独りにしておくのが嫌だからだ。

 イヴは薫が三歳の時からずっと、誰よりも長い間一緒にいた最も近しい存在だ。共に悲しみ、共に喜んできた家族だった。

 家族のような温かな心で接するイヴ。それを作りだしたのが自分だとわかっていても、薫はイヴに対し、ただのアンドロイド以上のものを感じていた。

 一生伝わることのない、叶わないもの。

 薫の想いは月日とともに、一過性のものではなくなっていた。