桜井雅(さくらいみやび)は郵便受けを開けると、中に突っ込んであった手紙を乱雑に掴んで取り出した。

 水道工事や学習塾のDM、近所のスーパーのチラシ。中に入っていたのは、いらないものばかりだ。

 選別したが、それらを全て不要と判断してポストの前に置かれたゴミ箱に入れた。

 部屋に戻ると機械音がゴウンゴウンと響いていた。二十分ほど前にかけた洗濯機の音だ。

 雅はこの春、大学入学にともなって一人暮らしを始めた。

 1Kの部屋は当然実家よりも狭いが、なかなか快適だ。ベッドと本棚、小さなテーブル。他のものはこれから増えていく予定だ。

 洗濯機が止まるまでの間暇なのでテレビをつけると、都内にある桜の名所の特集を放送していた。

『大木公園では川の両岸に桜並木が広がり、幻想的な桜を楽しむことができます』

 今は三月だがもう桜が咲いている。満開というわけではなかったが、五分咲きほどの桜は、都民を大いに楽しませているようだ。

『都内で有数の桜の名所です。美しい桜が川面に散って、ボートの上からも楽し────』

 ブツッと音を立ててテレビの画面が消えた。正確には、消したのは雅だ。

 雅はベッドの上にリモコンを投げ、まだ止まってもいない洗濯機の前でウロウロした。

 明日は大学の入学式だ。

 都内でも偏差値の高い桜花(おうか)大学に入学した雅は、明日のスケジュールを頭の中で思い出した。

 入学式には人生初のスーツで行かなくてはならない。

 スーツとストッキングとパンプスと────思いつくだけの物を用意して、間違っても当日にないなんてことのないようにしなくては。

 引っ越す前に買ったそれを床の上に並べて、明日のプログラムを見ながら忘れ物がないか確かめた。

 こうして準備に没頭しているが、雅は決して大学生活を楽しみにしているわけではなかった。

 勉強は嫌いではないが、大学生活を満喫しようなんて考えていない。

 大学は就職に有利だから、それだけで選んだ。サークルに入るつもりもなかった。

 桜花大に入れたのは勉強したからだが、雅は勉強ができる方ではなかった。

 仕方なくやっただけの勉強は、もう二度とやりたくないというほど頭に叩き込まれたが、入試が終わったと同時に何処かへ消えていった。

 ピー、と電子音がして雅は洗濯機の前に急いだ。

 これを全て干し終わったら────今日のスケジュールを考えながら、カゴの中に脱水された洗濯物を詰め込んだ。