とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 そこにいたのは先日バーで横に座っていたあの関西弁失礼男だった。

 美帆はつい表情を作ることを忘れて顔を顰めた。

「お、誰かと思ったらこの間のお姉さんか。こんなところで会うとはな」

「あ、あなたなんでこんなところに……」

「そりゃ、ここのオーナーやから当然やろ」

 美帆はまさかと思った。この失礼な男がこの店のオーナーだなんて信じられない。

 だが、改めて見ると男の身なりはそう思わせるぐらいにはちゃんとしていた。スーツや靴もなんだか高そうだし、普通のサラリーマンには見えない。

「そういうお姉さんは、また男漁りか」

「っあなた、この間から失礼じゃありませんか? 会うなり人のことそんなふうに……失礼にも程があります」

「事実やろ? なんもない男女が二人っきりでこんなところに食事なんか来るわけない」

 確かに、言い方は悪いが男漁りと言われても仕方ない。美帆は彼氏を探しに来ているのだから。

 だが、ものには言い方というものがある。そんなどストレートに言われるほどこの男とは仲良くない。関西人だからこんなにハッキリ言うのだろうか。だとしてももう少し建前とかオブラートに包むのが大人だ。

 美帆は男をキッと睨みつけた。

「なんの関わりもないあなたにそんなことを言われる筋合いはありません。第一、私はお客です。それなのにオーナーのあなたが失礼な態度をとっていいんですか」

「お姉さん、意外とよく喋るな」

「話をはぐらかさないで下さい」

「じゃあ、俺から一つアドバイスしとくわ」

 男は不敵に笑うと美帆の耳に口を寄せた。

「お姉さんな、笑い方が完璧過ぎんねん。接客じゃないねんから、もうちっと肩の力似た方がええんと違う」

「え?」

「まともに笑えるようになったら、俺がデート申し込むわ」

「だ、誰があなたなんかと!」

 男はははは、と笑いながら去って行った。

 美帆は訳がわからないまま席に戻った。一体あの男はなんだったのだろうか。こんな偶然があるだろうか。

「杉野さん? どうかしましたか?」

「え? ええ……」

「なかなか帰ってこなかったので、探しに行こうと思ってたんです。もしかして迷ってたんですか?」

「あ……はい。実はそうなんです。ここ、すごく広くって」

 誤魔化そうと笑顔を浮かべる。だが、先程の男の言葉を思い出した。

『笑い方が完璧すぎんねん』

 そんなにぎこちない笑い方をしていただろうか。これでも接客業だ。八年も受付嬢をやってきた。笑顔には自信がある。

 あれはきっとただの嫌味だ。からかおうとして言っただけだろう。

 中村だって別に不快そうな顔はしていない。笑顔は相手を楽しませるもので必要なことだ。逆に愛想笑いの一つもできないで他人と喋ることなんて出来ない。

 けれど美帆は楽しい気分にはならなかった。あの男と会ったからだろうか。それでも笑顔を絶やさず話も尽きなかったが、虚しい気持ちは変わらなかった。
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