とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
最終話 想いを込めて
 ────ああ、なんてついてないんだろう。

 その日の予定は一日外出だった。社長から頼まれた資料を持って役所を梯子していた。

 真面目に仕事を頑張っていればきっといいことがある。男なんていなくても平気。そう思った矢先だ。

 なんでよりによって、文也と遭遇してしまうのだろう。

 しかも文也の横には綺麗な女性がいた。

 誰か知らないが、あれが丸井の言っていた「然るべき相手」なのだろう。身なりは綺麗だし、持っているハンドバックは高そうだ。普通の女性には見えなかった。

 だが、そんな女性となぜ藤宮コーポレーションの前に立っているのかは不明だ。全くもって不可解だ。

 ただ、分かることがある。文也はあの女性を選んだのだと。



 最悪のシーンで夢は覚めた。美帆は起き上がり、さっきまで見ていたものが夢だと気がついたが、全てがそうではないとすぐに悟った。

 よほど印象的だったから夢に出てきたのだろう。あれが全て夢だったらいいのだが、現実そうはいかない。

 重い体を起こし身支度を始めた。頭はぼーっとして重だるいのに仕事は毎日ある。好きな仕事だが今は憂鬱だ。文也との思い出が多いうえ、この間も文也が仕事場に来て内心大慌てだった。あんなにしょっちゅう来られたら安心して仕事もできやしない。

 だが、文也は誤解を解こうとしているようだった。

 文也の性格上、父親が用意した見合い相手などとはうまくいかないだろうと思っていたが、思いのほかうまくやっているように見えた。あの一瞬だけでも、そう見えた。

 それなのになぜまた会社にやってきてそんなことを言う必要があるのだろうか。嫌味だろうか。

 ────文也さんが今でも私のこと好きなんて、ないのに。

 あれだけ傷付けたのだから嫌われたに決まっている。思いやりのない冷たい女と思ったことだろう。その通りだ。

 文也が実家を嫌がっているのだからあんな話を真に受けるべきではなかったのかもしれない。文也からすれば迷惑なことだっただろう。それでも、文也が求めているのが家族だと知っている以上、無視はできなかった。いや、自信がなかっただけかもしれない。

「美帆がいればいい」と文也は言った。もし本当にその通りなら嬉しいことだ。けれどどこか悲しい。自分以外はいらないと言っているようで、文也がその他大勢を切り捨てているように思えた。

 二人だけの世界ならそれもいいだろう。けれど違う。そんな閉鎖的な考え方では不幸になるだけだ。

 結局は意見の押し付けなのかもしれない。こうであって欲しいと願うけれど、相手がそれをどう思っているか、どうするかまでは決められない。

 文也はきっとあの女性を選ぶだろう。そうすれば家族みんなが幸せになる。家族が仲良くなれば文也だって幸せのはずだ。

 今まで辛かったのだから、幸せていて欲しかった。
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