とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 美帆は津川が帰ったと思われる頃、津川と話したであろう広報課の坂口を訪ねた。

 もし津川が何か企んでいるのなら、坂口から聞き出さなければと思った。

「え? 津川社長ですか?」

「はい。初めての来社でしたので何も知らなくて……またいらっしゃるみたいですし、何も知らないのも失礼ですから」

 受付嬢が客のことを調べるのは特に不思議なことではない。

 坂口なら津川がどんな人物か知っているはずだ。知っていたとしても表の顔かもしれないが、何かの役には立つだろう。

「あんまり知られてないですけど、津川フロンティアって津川商事の子会社なんですよ。新興企業なんで、杉野さんが知らなくても仕方ないと思います」

「津川商事って、あの?」

 津川商事と言えば商社の中でも五本指に入るかなりの大手だ。藤宮グループも勿論その中に入っているが、津川商事はかなりの古参企業であり、売り上げを競い合っていると言っても過言ではない。

 あの男の名前は津川だ。ということは────。

「津川社長は津川商事の社長の息子なんです」

「そ、そんな人だったんですか」

 あんなちゃらんぽらんな人物がそんな大物だなんてにわかには信じがたい。しかし、会社を任せられているからにはそうなのだろう。あの店のオーナーだという話も案外嘘ではないのかもしれない。

「津川フロンティアってなんの会社なんですか?」

「通信系の会社です。今回の仕事は、津川社長がうちの子会社使って色々頼みたいってことだったんですけど……」

「……どうでした?」

「いや、さすがでしたよ。関西人は商売上手だって聞きますけど、かなりやり手です」

「やりやすそうですか?」

「ええ。話しやすいですし、今のところ問題はないですね」

「……分かりました。ありがとうございます」

 本当に仕事で来たようだ。あまりにも偶然が重なったので不審に思ったが、それも本当に《《偶然》》なのだろうか。

 美帆は周囲にいる女性社員の視線を感じて踵を返した。受付嬢がこんなところに長居しているとまた妙な噂を立てられてしまう。

 自分は余計なことは考えず、仕事に徹するべきだ。津川とも、もう会うことはあまりないだろう。
< 18 / 158 >

この作品をシェア

pagetop