美帆には彼氏がいない三十路を吹っ飛ばす素晴らしい肩書きがあった。

 それは一部上場企業、藤宮コーポレーションの受付嬢をしているということだ。

 倍率の高い超優良企業に入社し、しかも受付嬢をしているといえば、大概の人は憧れの眼差しで見てきた。

 入社当時は美帆も憧れていた企業で働けることが嬉しかったし、エリートに囲まれて仕事するちょっとしたミーハー心も持っていた。

 しかし────。

 勤続八年目を迎え、美帆は現実を悟った。この会社には自分のパートナーなどいないと。

 大学生の頃は友達と「一流企業の御曹司と付き合ったりして」なんて言い合ったものだが、そんなものは夢物語だ。

 就職してしばらくして、美帆はあることに気が付いた。

「いい男は既に売れている」。一部上場企業だ。高年収のエリート達だ。女子が食らいつかないわけがない。

 格好いいなと思う社員はすでに結婚しているか恋人がいて、それは受付嬢であってもお呼びではなかった。

 


 美帆はいつものように出勤し、更衣室で藤色の制服────受付嬢の格好に着替えた。会社の顔だ。手は抜けない。メイクも髪型もネイルもバッチリだ。

「あ……ストッキングに穴空いちゃってる」

 隣のロッカーを使っている後輩の瀬奈が嫌そうな声でボソリとつぶやく、それと同時に、美帆は自身のロッカーから予備のストッキングをサッと取り出し、渡した。

「これ、使う?」

「すみません美帆さん。今度買って返します」

「いいよ。三足セットの安物だから」

「さすがですね。美帆さんのロッカーってなんでも入ってそう。ドラえもんみたい」

「あはは……」

 こんなことをしているからお母さんみたいだと言われるのだろうか。美帆は用意を済ませ、時間に間に合うように一階受付に向かった。

 藤宮コーポレーションの受付嬢は全員で五人いる。だから五人官女などと言われたりもするが、実際五人が受付に揃うことはあまりない。

 受付は一階にある総合受付と、ビルの中階にある中受付の二つだ。

 総合受付は基本二人体制で、一人になることもあるが業務には特に支障はない。中受付も二人体制で、それぞれ交代しながら仕事していた。

 社員達が出社する三十分前。その五人は一階に集まり朝のミーティングを始めた。

「みなさんおはようございます。今日の予定ですが────」

 朝は事前に予定を確認し、スケジュールに漏れがないかを確かめる。受付嬢の仕事は色々あるが、基本は来客対応や会議室の予約、準備、取次ぎなどだ。

 相手がただの取引先の営業の時もあれば、大口取引先の重役なんてこともある。そのいずれにしろ、気は抜けない。受付嬢は常に見られている対外の仕事だからだ。

「それでは、本日も一日よろしくお願いいたします!」

 元気よく挨拶を終え、受付嬢達はそれぞれの持ち場へと着いた。美帆は今日、一階総合受付担当だ。

「はあ、今ごろ沙織さんはハワイですねぇ。いいなぁ。旦那さんと海で泳いだりホテルでイチャイチャしてるのかなぁ」

 同じ一階総合受付担当の原田(はらだ)詩音(しおん)がボヤく。

「何言ってるの。詩音ちゃんだって彼氏と旅行に行ったらいいじゃない」

「いやぁ、海外旅行に連れて行ってくれるほどサービス良くないので」

 それでも、彼氏がいるだけいいじゃない。美帆は言葉を飲み込み、「何言ってるの。ラブラブなくせに」とからかった。

 当分はきっと沙織の結婚ネタで盛り上がるだろう。