とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 杉野はパスタセットを頼んだ。一千円ちょっとのランチセットだ。パスタにサラダ、ドリンクがついている。意外と安いメニューを選ぶんだなと思った。

「滝川さんは何にしますか?」

「そうですね……こういう店にはあまり来ないので、ちょっと悩みます」

「あ、ごめんなさい。あんまり好きじゃなかったですか」

「いえ、違いますよ。普段はなんていうか、定食が多いので」

「もっと男性でも食べられそうなメニューのお店にすればよかったですね。すみません……」

「大丈夫です。でも、ちょっと意外でした。杉野さんみたいな人はもっと、高そうなお店とか行ってるかなと思ってたんですが」

「やっぱりそう見えるんですか?」

「やっぱり?」文也は首を傾げた。

「よく言われるんです。好きなお店とか食べ物とか、イメージじゃないって。私そんなにお高くとまって見えるんでしょうか」

「それは……」

「この間、友人の紹介で男性と食事に行ったんですけど、その時も驚かれてしまって。みんな気を遣って高いお店を予約してくださるんですけど、正直苦手なんです。堅苦しいところに行くと緊張しちゃって」

「じゃあ、どういうお店が好きなんですか?」

「賑やかなお店がいいです。おしゃべりしても怒られなさそうな」

 文也はふっと吹き出してしまった。意外には意外だったが、杉野にしてはなんとなく答えが子供っぽいなと思った。

 杉野は恥ずかしいのか、なんだか気まずそうな顔をしている。だが、普段見ている表情よりもずっと自然だ。こんなふうにしていた方がずっといい。

「ほら、やっぱり変だと思ったでしょう?」

「変じゃないですけど、意外です」

「やっぱり」

「でも、それはそれでいいんじゃないですか。無理して敷居高い店に行くより、自分が好きな場所に行った方が楽しいですよ」

「……そうですよね」

 杉野は何か思い出すように頷いた。

「実はこの間、ある人に言われたんです。『笑い方が完璧すぎる』って。今思えば、無理してたのかもしれませんね」

「そんなこと言われたんですか」

 ────俺のことやん。

 文也は敢えてシラを切って尋ねた。

「そうなんです。その人知り合いでもないのに私のことズケズケ指摘して……」

「ひどい人ですね」

 ────言ったの俺やけど。

 やはり、杉野は根に持っているようだ。あれだけ完璧な仕事っぷりなら、普段人から指摘されることもそうないのだろう。

「でも、当たってるんです。その人に言ったこと」

「え?」

「腹は立ちましたけど、本当のことなんです。本音を言わないからそうやって誤解されちゃうんですよね。なんだか身に染みました」

 ────何やコイツ。思ってたよか、割といい奴やん。

 そのうち頼んでいたパスタが来てた。杉野はずっと楽しそうに喋っていた。以前レストランで見た様子とは大分違う。もっとくだけていて、親しみのある人物だった。

 文也は、もしかしたら自分が誤解していたのかもしれない、と思った。

 噂を鵜呑みにしていたが、あれはただの噂で、実際の杉野はそんなことはない。お高くとまっている様子はないし、媚びてもいない。

 あの女性社員達がやっかんでいただけで、杉野に悪いところはないのではないだろうか。

 しかしそうだとしたら、自分は最悪な勘違いをしていたことになる。てっきり男に媚びる最低女だと思って仕掛けたのに、実際の杉野が《《まとも》》だったのなら計画は出だしからマイナススタートだ。

 これは、「滝川」に頑張ってもらわなければならないかもしれない。
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