とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 午後になってから、美帆は中受付に用事があったため総合受付から離れていた。

 資料を持って歩く道中、偶然久しぶりに滝川の姿を目撃した。

「滝川さん!」

 なんだか懐かしくなってつい話し掛けた。だが、滝川はなんだかぼんやりしていた。

「……滝川さん?」

 美帆がやっと滝川の近くに来たところで、滝川はハッとして美帆に気付いた。

「杉野さん」

「どうかなさったんですか。なんだか心ここに在らずでしたけど……」

「あ、いや……夜勤明けで、ちょっと」

 滝川は頼りなさげに笑みを溢した。目が二重だしクマもある。本当に疲れているように見えた。夜勤明けなら相当疲れているはずだ。

「そうですか……大変ですね。気分は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。それより、この間はすみませんでした。待ってくださってたんですよね」

「いえ……大丈夫です。でも、突然津川さんが来て驚きました。それにお二人がご親戚だったなんて……。以前言いましたよね。滝川さんにそっくりな人がいるって。あの人がそうなんです」

「……そうですか。まさかあの人だとは思いませんでした。連絡しようにも出来なくて、たまたま通りがかった津川さんにお願いしたんです」

 やはりそうだったのか。滝川が訳もなく約束を反故にするわけがない。仕事中でスマホを触れなかったのだろう。

 それに、滝川の気まずそうな反応を見る限り、二人の間には接点がなかったのかもしれない。のっぴきならない状況だから頼まざるを得なかったのか。

「お仕事中にごめんなさい。じゃあ……」

「あの。今日仕事の後って時間ありますか」

「え? 今日ですか? はい……あります、けど……」

「この間の埋め合わせをしたいんです」

 美帆はそれより寝た方がいいのではないかと思ったが、こうして滝川が誘ってくれているのだし、断るとこの間のことを怒っているように見えてしまうかもしれない。

 心配だが、さっと終わらせて早く帰ればいいだろう。

「分かりました。大丈夫です」

「ありがとうございます。じゃあ、六時にこの間と同じ場所で」

 ────滝川さん、すごい気を遣ってくれたんだろうな。そんなに怒ってないのに……。

 もしあのまま津川が来ずにそのまま帰っていたら怒っていたかもしれない。

 だが、そうはならなかった。津川が来たし、思っていた以上に楽しい時間を過ごせた。もちろん滝川とでも楽しかっただろうが、あの予想外のハプニングは思わぬ収穫をもたらした。

 感動して泣いている津川の姿を思い出すと、少しおかしかった。

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