沙羅の具合は芳しくなく、相変わらず寝たきりの生活が続いていた。

 朱緋は宗則を説得し、しばらく沙羅を城から離れさせることにした。城の中にいたのではまた同じようなことが起こりかねないからだ。

 屋敷を用意すると言った宗則の申し出を断って、人が寄りつかなさそうな場所にある(いおり)に行くことにした。

 城の者が知った場所だと、いつなにが起こるか分からない。

 その庵はかつて朱緋が過ごした場所で、人のいない山の中だから安心できた。

 山間にあるその場所は空気もよく、少し不便だが落ち着く場所だ。澄んだ川が近くを流れていて、養生するには持ってこいだろう。

 ある日の夜、沙羅は朱緋と共に誰にも見つからないよう、ひっそりと城を出た。



 庵に移ってからも、沙羅はしばらくの間、一日のほとんどを横になって過ごした。そこから見える景色を日がな眺めていた。

 少しづつ具合はよくなったものの、まだ咳も出るし吐血も治っていない。

 朱緋の作った解毒薬を飲んではいたが、毒性が強いものを飲まされたのか、治りが遅くなかなか回復しなかった。

「具合はどうだ」

 沙羅はゆっくり朱緋の方を向き、小さく頷く。

 清い水と空気のいい場所で養生させているのだ。いずれよくなるはずだ。

 だが沙羅の表情は曇ったままだ。毒のせいで、というよりも内面的な問題だろう。

 無理もない。毒殺されかけたのだ。以前茶会に呼ばれた時の虐めとはまた別物だ。明らかな悪意がこもっている。

 彼女がそんなものにずっと耐えていたかと思うと、朱緋は心が痛んだ。

「しばらくここにいればいい。かたっ苦しい城より少しは気分もましになるだろ」

「朱緋様……」

「なんだ?」

「お願いを……聞いては頂けませんか」

「言ってみろ」

 森の静寂の中、遠くで鷹の鳴く声が聞こえた。

 沙羅がその言葉を口にするのは二度目だった。沙羅は無表情で、ぼんやりと宙を見つめていた。

 あの時、朱緋はそれに返事を返さなかった。それがどういう意味か分からなかったし、彼女は契約の保護対象だからだ。

 だが今は、なぜ彼女がそんなことを言うのか理解出来る。沙羅はずっと絶望していたのだろう。

「……どうしてだ」

 そう返すのがやっとだった。沙羅が苦しむ理由が分かったとはいえ、表面的なものに過ぎない。

 そんな願いを聞く気など更々ないが、彼女が苦しむわけを知りたかった。理解してやりたかった。

「……いずれ城に戻っても、私は同じような目に遭うでしょう。私は本来あの城にいるべき人間ではありません。誰かに殺されるくらいならば、あなたに殺される方がいい……」

「恨まれるのがそんなに辛いのか」

「あの国は遅かれ早かれ滅びます……私も、ただでは済まぬでしょう。当然です。私があの国を滅ぼすのですから……」

「沙羅……?」

 沙羅の目から静かに涙が零れた。

 意味がわからず、朱緋は首を傾げた。

 多くの民は、彼女を傾国と言い恐れている。それは沙羅が大名のみならず周囲にいる男を引き寄せてしまう蠱惑的な美しさを持っているからだと思っていた。

 以前町人に話を聞いた時、沙羅が以前いた国が滅び、この国の大名────永池宗則に保護されたと聞いた。

 それのことを言っているのか。だが彼女が言う意味はそのように聞こえなかった。

 まるで自分自身が滅ぼしたのだと。そう言っているように聞こえた。

「私は殺されるべき人間です……この国にも、どこにもいない方がいい……」

「お前は……なにを隠してるんだ」

「あなたになら……聞かせてもいいかもしれません。唯一、私に取り込まれなかった人ですから」

 沙羅は悲しそうに笑い、静かに語った。

 過ごしてきた歳月の中で起こった、自身の悲劇を。