僕は、二重人格の君に恋をした
 安城和紗(あんじょうかずさ)は入社初日からそんな話を聞かされ、嫌な気分になった。せっかく万を辞して入社した会社だ。嫌なところが一つもないとは思っていないが、しょっぱなから聞かされる話ではない。

 だが、和紗の上司────玉緒蘭(たまおらん)はいつもはっきりとした物言いで、隠すということをしなかった。良くも悪くもあけすけにものを言い、新人の夢を壊すまいとか、最初はソフトに接しようとか、そんなことは微塵も思っていないようだった。

「なにガッカリした顔してるの。アナタが聞いたんじゃない」

 玉緒は呆れたように言った。そう、つい今し方和紗は玉緒に質問したのだ。いつも一人でいる、あの影の薄い人物が気になった。玉緒は質問答えただけのことだ。正直に、包み隠さず。

「だからって、もうちょとオブラートに包んでくれたって……」

「私が包んだところで、どうせ他の人から聞くわよ。特に、事務員は噂好きだから」

 玉緒は営業だ。いい大学を出て、営業として入社し、成績もいい。そして部長というポジションについている。だから、お喋りな事務員とはあまり仲がよくないのかもしれない。和紗はそこに女同士のドロドロとしたものがあるのだと想像した。

「ま、アナタは要領良さそうだから特に心配いらないと思うけど……気をつけることね」

「やめてくださいよ。暗示みたいになったらどうするんです」

「大丈夫大丈夫。よっぽどのことがなきゃ彼女みたいにはならないから」

 よっぽどのこと。玉緒はそれについての詳細は語らなかった。和紗はむしろそこが聞きたかったのに、なぜそこを語らないのかとモヤモヤした。
 
 質問して大方の答えは帰ってきたものの、逆に白鳥花純に対する疑問は深まった。彼女は一体何をしたのだろうか。取引先を怒らせたわけだから、遅刻とか、取引の内容が大幅に変わっただとか、連絡ミスだとか、いろんな理由が浮かび上がる。

 しかし、今まで取引のあった会社なら、そこまで大事になることはないように思う。その時、彼女は自分と同じように新人だったわけだから、多少のミスは多めに見てもらえることだってあるはずだ。そこでもカバーできないようなミスなのだろうか。

 和紗は考えることをやめた。自分が考えたところでどうなるわけでもないし、今の話を聞いて思うことは「自分も彼女の二の舞にならないようにしよう」、それぐらいだった。
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