制服に着替えて玄関へ行くと、いつも先に朔夜か小夜が待っている。今日は朔夜だった。

 紅が靴を履き終わると朔夜はすぐに足を進めた。

 いつもの通学路を二人で歩きながら、紅は朔夜の横顔を見上げた。

 仏頂面の顔。艶のある黒髪。色白な細身の体は、言われれば確かに吸血鬼っぽいかもしれない。

 じっと見つめていると、朔夜は紅の髪を掌でくしゃっと乱した。

「もうっ……なんでぐちゃぐちゃにするんですか?」

「じっと見てるからだ。」

「だって……」

「あんまり見ると見物料取るぞ」

「朔夜さんもあんまり頭に触ると拝観料とりますよ」

「残念だったな。拝観料ぐらいなら俺は払える」

「もう! 開き直らないでください!」

 朔夜の瞳が少し優しくなったのは気のせいだろうか。

 手を掴まれた時も、本気で怒られた時も。どうしてそんなふうに真剣な目をするのだろうか。

 怒ったり、優しくしたり、朔夜は何を考えているかよく分からない。

 この間から、この隣を歩く距離がなんだか気になって、もうとっくに喋り慣れたはずなのにぎこちなさを覚えた。
 
 たまにこうしてからかいあって、朔夜はいつもの尖った八重歯を見せる笑い方じゃなくて、ふっと口角を上げて、柔らかく笑う。

 それがとても優しく見えて、見るとなんだか落ち着けた。




 いつもの朝練を終えて、紅は教室に戻った。

 教室を開けると、紅の姿に気づいたエリカがおはよう! と元気に手を振った。朝のいつものやり取りだった。

「おはようエリカ」

「おはよ。今日も朝練?」

「うん、もうすぐ夏休みでしょう? 次の大会に向けて練習がハードでね」

「なんか最近身も心もサッカー部一色だけど……大丈夫なの?」

「うん、楽しいよ。全然平気」

「そうは言ったって……あの月城先輩もいるし、脅されてるとかじゃないよね。断れないだけじゃなくて?」

「エリカは心配しすぎだよ。朔夜さんって見た目は怖いけどすごく優しい人よ。意外と普通なところもあるし……」

「……もしかして、月城先輩のこと好きになったとかじゃないよね?」

「えっ……。ま、まさかそんなわけないじゃない」

「そう? それにしてはやけに彼の肩を持つから……」

「そういうんじゃないって……ただ、いろいろお世話になってるから……」

「それならいいけど……紅があんな危ない人なんか選んだら私速攻反対するから」

「だ、大丈夫よ……」

 そう答えたものの、紅は自分でもその言葉に違和感を感じていた。

 他人からはそう見えるのだろうか。

 友達以上の感情を持っていることは自覚している。それはこの間から感じる安心感のようなものだ。 

 朔夜のそばにいることが幸せで、楽しい。

 祖母の言葉は嘘でもおまじないでもなんでもなくて、本当だったんだと自分は信じていた。

 悲しくても笑顔でいればいつかな幸せになれる。無理やり笑っている時もあったが、それでも悲しみは紛れた。

 両親がいない孤独。祖母を失った悲しみ。

 笑っていれば、こんな自分でもいつかは幸せになれる。闇雲にそう信じていたら、あの夜、朔夜が助けてくれたのだ。

 最初はちっとも信じられなかったし怖くて奇妙な存在だったが、今は朔夜を信じられる。

 その言葉を伝えた時、朔夜はとても驚いた顔をしていた。

 一体どんな風に思ったのだろうか。馬鹿なやつだ。冗談も大概にしろ────。

 きっと小馬鹿にされるだろうなと思っていたが、朔夜は、とても悲しい顔をした。

 近付けば近付くほど見えてくる朔夜の表情。

 それがどうして、こんなに胸を締め付けるのだろうか。