「ん────」

 紅はカーテンから漏れた光で目を覚ました。

 だが、思ったよりも心地よい目覚めではなかった。

 知らない部屋、知らないベッドを見ると、急に現実に帰ってきた気分になる。やはり夢ではなかったのだ。

 紅は昨夜、小綺麗な部屋を一つ与えられた。

 自由に使っていいと言われた部屋には、ベッド以外にも小さなソファや机などが置かれている。もしかしたら客間なのかもしれない。ここも豪華な造りをしていた。

 体を起こし身支度を整えて部屋から出ると、ずらりと窓がついた明るい廊下に出た。昨日も通ったはずの廊下だが、陽の光があるだけで違った印象だ。

 今日は平日だから学校があるが、朔夜達はどうするのだろうか。

 できれば朝食を食べて出かけたいところだが、人様の家で勝手なことは出来ない。

 紅が廊下でウロウロしていると奥の部屋の扉が開いて朔夜が顔を出した。

 寝起きの顔は一層不機嫌に見える。朔夜はまだ着替えてもいない。黒いTシャツにスラックスといかにも寝巻き風の格好をしていた。

「お────おはようございます」

「飯、食うんだろ」

「はい……」

 朔夜は何も言わずにスタスタと歩いていくので、紅は慌てて追いかけた。

 向かったのは昨日三人で話したダイニングだった。

 長い机の上には既に食事が用意されていて、それがまた美味しそうなものだから思わずお腹が鳴った。

 そういえば、昨日はなにも食べずに寝たのだ。食事どころではなかったし、襲われた直後でそんな気も起きなかった。

 いったい誰が作ったのだろうか。そんなことを考えていると、部屋の奥からグラスを二つ持った小夜が現れて、二人を見るとにこやかに笑いかけた。

「おはよう、二人とも。霧咲さん、よく眠れた?」

「え? 雨月先輩────? もしかして、ここに住んでるんですか?」

「ううん、すぐ近くだけど私の家は別。女の子一人で心配だろうからこれからは私がお世話しに来ようと思って」

「え────」

「まあ、とりあえず食事にしましょう。冷めちゃうから」

 紅は促されるままテーブルに着いた。

 用意されたパンやスープはどれも美味しそうだが、これらは小夜が全て作ったのだろうか。だとしたらすごい料理の腕前だ。

 彼らは吸血鬼だと言っていたが、普通に食事も出来るらしい。

 二人もテーブルに着いて食事を始めた。

「朝からなんだけど、これからのことを話すね。霧咲さんは今まで通り普通に学校に通ってもらうんだけど、一応私と朔夜君、あと別の分家の人たちで様子を見ることになったわ」

「分家? 他にもいるんですか?」

「ええ。本家はこの月城家だけど、この近くにたくさんいるの。その人達も事情は知っているから安心して。霧咲さんと同じ一年生の子もいるし」

「えっ……あの、同じ学年に吸血鬼の人がいるってことですか……?」

「そう。昨日話した通り月城家はあなたに手を出さないことになってる。そしてあなたを守るように先代に言われているの。だから実を言うと、私も朔夜君もその人たちも────あなたを守るために有明高校へ通っているのよ」

 ────そんなまさか。紅は耳を疑った。ということは、かなり前から彼らは自分のことを知っていたということになる。

 一体いつからだろうか? それにその先代はどうしてそんなことを考えたのだろうか?

 血を飲んで覇者になれるなら、自分もそうすればいいはずだ。

「あの……どうしてあなた達は私を守ろうとするんですか? だって、吸血鬼なんですよね? その先代の人もどうして────」

「────ごめんなさい。これ以上は私の口からは言えないの。ただ、先代との約束を違えるつもりはないから安心して。吸血鬼っていうと怖いかもしれないけど、うちの家は気のいい人ばかりだから」

「ずっと思ってたんですけど、あの……吸血鬼って血を飲むんですよね……? じゃあ雨月先輩や、その……月城先輩も────」

「……痛い質問ね。一応みんな飲むわ。殺すまではしない。ちょっと分けてもらって、気絶させる。ってところかな」

「そうですか……」

「牛肉とかワインで代用もできるから毎日飲まないといけないわけじゃないの。たまに、どうしてもって時だけね」

「きゅ……吸血鬼にも色々あるんですね」

「言われても実感わかないよね。おとぎ話でしか見たことないだろうし。吸血鬼にはいろんな人がいて、血は美味しいっていう人もいるけどそうじゃない人もいる。私は好きでも嫌いでもない。ただ生命を維持するのに必要だから飲んでいるだけ」

「血って……味とかあるんですか? 昨日襲ってきた人達も香りがどうとか言っていたんですけど……」

「お前の血は特別だ。例えるならワインだな」

「ワイン?」

 朔夜の言葉に、紅は首を傾げた。

「なんていうか、霧咲さんの血は不思議な感じなの。麻薬みたいな……一種の中毒性を持った香り。私達は我慢すれば出来るけど、その辺の下等吸血鬼ならすぐに飛びついてくるでしょうね」

 頭に昨日の男達が蘇って、ブルリと体が震えた。

 血なんて匂わないと思っていたが、どうやら自分は違うらしい。

 麻薬の香りも血の香りも嗅いだことがないから分からないが、恐らくそれは意識を飛ばしてしまうような代物なのだろう。人間でいうご馳走のようなものなのかもしれない。

「行きは私が送るから一緒に登校しましょう」

「あ、あの、一人でも別に平気です」

「悪いけど、そうもいかないわ。学校内はともかく、極力一人にならない方がいい。襲われる隙を与えるだけよ」

「はい……」

「窮屈でしょうけど許してね。あなたに怪我をして欲しくないの。吸血鬼の中には手段を選ばない連中もいるから」

「────分かりました」

「学校に行ったら一度分家の子達を紹介するね」

 朝食はたくさん用意されていたが、考え始めるとなんだか食欲がなくなってきて用意されたスープとパン以外は食べる気になれなかった。

 学校に通えるのはありがたいが、それほどまでに危険なのだろうか。

 確かに昨日のように登下校時に襲われたら厄介だが、吸血鬼のことも、小夜達のこともまだ信じられなくて憂鬱な気分になった。