とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
「お前と聖ってドラマみたいな出会い方してるな」

 俊介は唐突に言った。

 言われた本堂ははぁ? と言わんばかりの顔をして驚いていた。

「なんだよいきなり」

「いや、なんかふと思ってな」

「唐突すぎんだろ」

「そういう出会い方しないと、人と付き合うなんて無理か……」

「どうしたんだよいきなり。真面目な秘書様の発言とも思えねぇな」

 本堂がそういうのも無理はない。俊介も自分自身に驚いていた。

 先ほど女性社員にアプローチされたことでまたいろいろ考えていたのだが、自分はつくづく仕事以外のことがあまりにも不器用すぎる。

 そういう意味ではなんでも器用にこなす本堂はすごいと思った。

 元々本堂は藤宮コーポレーションの社員だが、聖の家庭教師に応募して見事受かり、彼女の目に留まった。

 それは本堂の本当の目的────父親を死に追いやった前社長への復讐を達成するための一つの過程だったわけだが、彼は見事に聖に愛され、彼も予想せず聖に好意を持つようになった。

 本堂は素直でストレートだ。切り替えも早い。自分自身に忠実だ。なんにでも真面目で融通のきかない自分とは大違いだ。

 本堂のように奔放であれば先程の誘いも受けたのかもしれない。

「別に運命とかそんなの関係ねえだろ。人を好きになるのに運命もクソもあるか」

「それはお前に相手がいるから言えるんだ」

「コメントしづらい返事するなよ。俺はお前を慰められねえんだぞ」

「分かってるさ。別に慰めなんて期待してない。ただ、俺は恋愛に向いてないなって思っただけだ」

「そんなことねえだろ。お前みたいな性格が好きな女もいるんじゃねえのか」

「……そんな人がいたらいいんだけどな」

「まぁ、スペック見てくるような女は駄目だな。お前はその辺揃ってるから気を付けろよ」

「お前もだろ」

「俺は聖以外興味ねぇ」

「……お前みたいにそうやって言い切れる相手なんてそうそう見つからないよ」

「お前が気付いてないだけで、もしかしたらもう知り合ってるかもしれねぇだろ」

「知り合ってる、なぁ……?」

「お前、好みのタイプとかいねえのか」

 その質問の答えは、先日考えたばかりだ。だが、長い間聖を追っかけていた自分は好みのタイプを探せるほど人を好きになったことがない。

「ない」

 即答すると、本堂は大きな溜息をついた。

「悪かったな、ないんだよ本当に」

「お前の性格からいくと落ち着いてるタイプの方が気が合いそうだな」

「じゃあ歳上か?」

「いや、お前はどっちかと言えば世話焼きだから歳上はねぇだろ」

「じゃあ歳下か。ロリコンっぽくないか」

「十一離れてる女と結婚した俺に対する嫌味か?」

 本堂は俊介と同じ三十六歳だ。聖は二十五歳。確かに、ロリコンではないが嫌味に聞こえる。

「聖の場合精神年齢かなり歳食ってるからな。歳離れててもそんなに年齢差は感じねえな」

「聖みたいな女が他にいるわけないだろ。二十代であんなに落ち着いてる奴なんて────」

 ふと、頭に「立花さん」が思い浮かんだ。

 彼女は聖と同じぐらいの年頃に見えるが、随分落ち着いていてキャピキャピしたところが一つもない。加賀屋の菓子折を渡した時も、隣にいた店員は興奮していたが、彼女は冷静で大人な対応だった。

 だが、彼女のような若い女性が自分のような男を好きになることはないだろう。本堂じゃないが、歳が離れすぎている。

 それに恐らく、向こうは自分のことを好きではなさそうだ。彼女のように若く、綺麗な女性は他に素晴らしい男がいくらでもいるはずだ。

「焦って探しても見つかるわけじゃねえだろ。俺だって最初は聖のこと恨んでたんだ。そういう時が来なきゃ分からないこともある」

「お前にアドバイスされる日が来るとは思わなかったな」

「そんなに心配すんな。お前の場合悩みすぎるとややこしくなるだけだ」

「そうだな……」

 たかが恋愛なのだ。考え過ぎたところでどうにもならない。本堂のいう通り、時期が来ればそのうち勝手に恋人ができるかもしれない。
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