とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 昼休みになると、俊介は以前綾芽と会った公園に向かった。

 今日のランチはここだ。綾芽は俊介よりも先に来て席をとってくれていたようだ。だが、なんだか浮かない表情をしていた。

「お疲れ様」

「お、お疲れ様です。あの……本当にいいんですか?」

「勿論だ。久しぶりに作ったからいい出来じゃないんだが……」

 俊介は持って来た紙袋からバスケットの弁当箱を取り出した。

 一人暮らしになってから今まで弁当を作ったことがなかったので急遽買って来たものだが、自分達用だから十分だろう。

 ランチョンマットを敷いて、その上でバスケットを開ける。綾芽はわっ! と驚いた。中にはサンドイッチがぎっしりと敷き詰められている。

「これ……全部青葉さんが作ったんですか」

「ああ。これがアボカドと生ハムのクリームチーズサンドイッチ で、こっちがエビとチリソースの────」

 俊介が説明している間、綾芽はサンドイッチに釘付けになっていた。

 彩りと栄養バランスを考えて作ったサンドイッチは、藤宮家執事時代に教わったメニューだ。聖の夜食にと何度も作ったことがある。

 綾芽は普段おにぎりが多いようだから、洋食の方がいいだろうと思ってサンドイッチにした。

「すごい……まるでレストランみたいです」

「飲み物も作って来たからどうぞ」

 用意していたステンレスのボトルから透明なプラカップに中身を注ぐ。ほんのり桃色の液体は紅茶に桃と苺を一晩漬けたものだ。味が染みているから果実の味がするはずだ。

「これ、なんですか……?」

「桃と苺の水出し紅茶だよ。甘くてさっぱりしてる」

「あ、青葉さんってカフェとかで働いてたんですか。それともシェフをしてたとか……」

「あ、いや……前にこういう仕事もしたことがあっただけだよ。おいしいと思うから食べてみて」

 綾芽はサンドイッチの一つを手に取ると頬張った。

 いつもは無表情に近い顔が驚きに変化する。慌てたように飲み込むと、おいしいと言った。

「すごく、おいしいです」

「よかったよ。たくさんあるからいっぱい食べて」

 綾芽が美味しそうに食べる様子を見ながら、俊介は穏やかな気持ちになった。

 聖にも何十回と作ったことがあるが、食べ慣れているせいか彼女はここまで喜んでくれなかった。こんなに喜んでくれるなら早起きして作った甲斐があったというものだ。目をキラキラさせて、綾芽は本当に喜んでくれているんだとわかる。いつものクールな彼女とはまた違った表情だ。

「私、お弁当ってもっと違うものを想像していました。その、まさか青葉さんがここまで料理がお上手だと思わなくて……」

「逆に俺はこういう軽食しか作れないんだ。だからおにぎりは苦手なんだよ。握ったこともない」

「おにぎりよりこっちの方がずっと難しそうに見えますよ」

「重ねて詰めただけだよ」

「おにぎりは握っただけですよ」

 綾芽はふっと笑って紅茶を口にした。また綾芽の表情が変わる。余程気に入ったようだ。綾芽は聖と違って甘いものが好きなようだから、こういうものも気にせず食べてくれる。

「そんなに気に入ったのならまた作って来ようか?」

「い、いえ……さすがに何度も作ってもらうのは────」

「そうか……俺は結構楽しかったんだけどな」

 俊介は残念に思った。

 料理を作るのは正直好きでも嫌いでもない。今までは仕事の一環でやって来たことだから、なにも考えずに作っていた。

 だが、人が喜ぶ顔を期待して作るのは案外悪くない。綾芽が喜んでくれるのなら、ランチを作ることぐらい特に苦にはならない。

「あの……作ってもらってばかりだと申し訳ないので、今度は私が作ります」

「立花さんが?」

「おいしいかどうかは分かりませんけど……あ、いや……やっぱり普通にお食事に行く方がいいですよね。その方が確実においしいですし」

「いや、お弁当の方が嬉しいよ。手間がかかるから大変だと思うけど……」

「こんなに綺麗なお弁当は作れないかも知れませんけど、それでも大丈夫ですか?」

「もちろん。立花さんの負担にならない程度でいいから。なんだったら持ち寄ればいいしな」

 ふと、俊介は聖の言葉を思い出した。あれよあれよという間に次の約束をしているが、まさかこんな歳下の女性相手に懸想しているわけではないだろう。

 これは元執事の性分だ。人に喜んでもらえた方がやる気が出るからだ。



 ランチの時間はあっという間に終わってしまった。
 
 バスケットにあったサンドイッチは綺麗になくなった。綾芽は少食かと思っていたが、意外に食べてくれた。

 自分もいつも食べるよりも食が進んだように思う。人と食べているからだろうか。それだけこの食事の時間が楽しかったのかも知れない。

「青葉さん、今日は本当にありがとうございました。ご馳走さまです」

「いや、俺こそ食べてくれてありがとう」

「人の作ったご飯を食べたのは久しぶりで……すごく美味しかったです。じゃあ……先に戻りますね」

 綾芽はバイトの休憩が終わる時間だからと先に戻った。

 公園に一人残った俊介は、次はどんなメニューにしようか考えた。

 綾芽はもっと無愛想な女性だと思っていたが、嬉しい時は本当に嬉しい表情をするのだ。節目がちな瞳が柔和に微笑むと、なんだか陽だまりにいるように心地よかった。

 不思議なものだ。綾芽とはいつの間にか話すようになっていて、いつの間にかこうして食事する仲になった。

 ただのコンビニの店員とその客だ。年も離れていて特別共通点もないのに、不思議と話せる。

 聖のように精神年齢が高いからだろうか。彼女は若いが、落ち着いていて話していても嫌な感じがしない。

 そして時々、年相応に甘えてくれたり、今日のように感情を見せられるとまるで宝物を見つけたように嬉しくなった。

「……いやいや、俺はロリコンじゃないしな」
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