とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
第11話 花の命は短い
 俊介がご機嫌な様子で仕事に戻ると、聖と本堂はニタニタした視線を向けてきた。妙にいやらしいところが気になったが、今日はどうでもよく思えた。

 綾芽から期待できそうな言葉を聞けたからだ。あれはどう考えても、デートに誘われた────いや、誘いに対して了承したということで間違いないだろう。

 綾芽は冗談を言うようなタイプではない。間違いではないはずだ。

「青葉、お前のデート相手はどうした?」

「仕事に戻るって言って別れてきた」

「呼んどいて放ったらかしかよ。振られても知らねえぞ」

「残念だったな」

 俊介が自信たっぷりに言うと、本堂と聖は少し驚いてよかったと安心していた。

「別に仕事に戻らなくてもよかったのに。どうせ今日はほとんどすることないし、挨拶ぐらいなら私とはじめさんで出来ちゃうわよ」

「企画しといてそれはないだろ。俺が簡単に仕事放っぽり出したら大人として信用されない」

「へえ〜まぁ、それはそれでいいんだけど。途中で抜けたんだから、フォローの連絡ぐらい入れといた方がいいんじゃない?」

「それは後でちゃんとする」

 綾芽はもう帰っただろうか。帰っていないなら食事にで誘おうかと思ったが、いきなりすぎるかもしれない。綾芽との距離が近づいたことは確かだが、だからと言っていきなり距離をつめすぎるのはよくない。それは綾芽の反応を見ながら徐々にでいいだろう。

 今度、ランチの時に夕食に誘ってみよう。行きたい店がないか聞いてみるのもいい。彼女は遠慮するだろうが、仕事の下見だと言えば来てくれるかもしれない。

 俊介はあれやこれやと妄想が膨らんだ。どう考えても今日のデート効果だ。

 綾芽も自分のように少しは思い出してくれているだろうか。あのアヤメのイヤリングのように、彼女の記憶に残っていればいいのだが。

 俊介は綾芽にお礼のメッセージを送った。彼女からは短い返事が返ってきた。
 
 最初から甘い関係になれるなど期待していない。それでも俊介は、今日起こった出来事のおかげでナーバスにならずに済んだ。



 次の週、俊介はいつものように綾芽にメッセージを送った。

 明日は木曜だ。前日に「今度は何が食べたい?」と送るのは毎週のことだった。

 だが、綾芽から返事が返ってきたのは夜になってからだった。今日も夜にバイトを入れていたのだろう。

 それでも俊介は事前に材料をある程度買っていたので、彼女の食べたいものに完璧な対応はできないかもしれないがおいしいものを作る自信はあった。

 だが、綾芽から返ってきた返事は思っていたものと違った。

 短いながらも丁寧な文章で、「申し訳ありませんがしばらく忙しくなるので、ランチは行けません」と返ってきた。

 スマホに映るメッセージを見た瞬間、高揚していた気持ちはしゅん、と下がった。綾芽にランチを断られたのは初めてだ。日中はいつもコンビニで仕事しているが、何か仕事でも任されたのだろうか。それとも別の仕事でも始めたのだろうか。

 残念だったが、仕事ならば仕方ない。俊介は諦めて、気遣うメッセージを送った。

 それからあと、綾芽からメッセージは返ってこなかった。
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