とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 綾芽には優雅な朝など存在しない。

 朝食は食パンにマーガリン。飲み物はお茶だけだ。普通はコーヒーやココアを飲むのかもしれないが、そのためだけにわざわざ湯を沸かしたり牛乳を買ってきたりするとお金がかかるのでなんにでも対応できるお茶になった。正直お茶ではパンとの相性が悪いが、もはや飲みこめればなんでもよかった。

 スマホの画面を開き、今日のスケジュールを確認する。朝から夕方まではコンビニの仕事で、午後六時からはホテルの宴会場の仕事だ。

 コンビニは朝七時からのシフトでやることも決まっているため、比較的穏やかに朝を過ごすことが出来た。かと言って、綾芽の部屋にはテレビも漫画もない。やることも特にないため、支度を済ませるとすぐに出かけた。

 

 店に行くと、朝のシフトしか入らない大学生の萩原(はぎはら)直也(なおや)が先に来ていた。

 彼は綾芽よりも後に入ってきた後輩のバイトだ。午前中だけだが、ほとんど毎日シフトに入っている。

「あ、立花さん。おはようございます」

「おはようございます」

 綾芽は短く返事し、ロッカーへ向かった。

 朝番の仕事は忙しい。清掃はある程度やれば問題ないが、品出しがとにかく大変だった。

 この店はとにかく朝と昼の客の量が多く、店も広い。朝によく売れるおにぎりやサンドイッチなどは棚のギリギリまで並べておかないと途中で品切れを起こすこともある。

 直也はバイト歴は綾芽よりも短いが、要領はいいのでその点は心配いらないだろう。手早く着替え、綾芽は直也と一緒に商品の陳列を始めた。

「俺昨日レポートずっと書いててあんまり寝てないんですよ」

 直也は唐突に会話を振ってきた。綾芽は手を止めることなく大変だね、と返した。

「立花さんってすごいクールですよね。氷の女王とかあだ名付けられませんでした?」

「付けられてないよ。それはいいから早く品出しして。もう三十分で開店だから」

「俺の方はもう終わります。立花さんの方手伝いますよ」

 直也は二カッと笑うと綾芽の横に置かれていたカゴから商品をとった。

 直也は大学生らしい明るい青年だ。少々お喋りだが、年相応だろう。むしろ、年相応でないのは綾芽の方かもしれない。

 綾芽は直也から流行りのアーティストの名前を聞いてもちんぷんかんぷんだし、新しく買った服や靴を見せられてもそれがどこのブランドなのかも分からなかった。 

 だが、ありがたいことに直也はそれで人を差別するような狭量な男ではなかった。

 その代わり天然記念物を見るような目で見られるが、純粋なのか、なにも知らない綾芽に親切に教えてくれる素直な青年だった。
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