ベテルギウスと星空案内人
第二話 夜の逢瀬
 それからあかりは度々施設を訪れるようになった。

 だが、あかりを見かけるのは決まってプラネタリウムの中だった。パネルを見ていたのはいつかの一度きりで、いつも真っ暗な中で一人じっとしている。いや、寝ているように見えた。

 プラネタリウムの中で寝る人がいるのは珍しいことではない。ゆったりしたヒーリング音楽と暗闇、リクライニングシート。寝やすい環境が整っているから、つい眠ってしまうのだろう。

 広人も他のプラネタリウムを訪れた時、意図せず寝てしまったことが何度かあった。

 だが、星や宇宙にあまり興味がなさそうなあかりが寝ていると寝るために来ているように思えてしまう。

 他の客の邪魔になっているわけではないので特に注意はしなかったが、広人はじっと椅子に座っているあかりが気になった。

 上演を終えた後、あかりに声を掛けた。

 あかりはいつも同じ席に腰掛けている。投影機のすぐ近く、一番真前の席だ。

 普通は端っこの後ろ側の席を選ぶことが多いと思うが、あかりは自分にやけに近いこの席を選んで座っていた。

「宇宙に興味が湧いたのか?」

「そんなわけないじゃん」

「の割に、よく来るな」

「私がどこに行こうと関係ないでしょ」

「まあ、ここが落ち着くのは分かるけど」

 広人はふと考えて、さっき電源を切った機材のスイッチをもう一度入れた。もう一度照明を落として、ドームの中を真っ暗にする。

「勝手にやったら怒られるよ」

 あかりは少々慌てていた。とても無賃入館した少女のセリフとは思えない。

「別に構わない。ここの管理は俺が任されてるから」

 照明を落とすと空に星が浮かび上がる。広人はあかりの隣に腰掛けた。

「ちょっとは勉強したか?」

「知らない。だって分かんないもの」

「いいか、例えばあれだ」広人は空を指差した。

「秋の空で星を見つけるときはあの四つある星を見つけると分かりやすいんだ」

「どれ?」

「あれだよ。ちょうど四角く並んでるだろう。あれが秋の四辺形、ペガスス座だ。あれを見つけたら他は簡単だ。ペガスス座の左にアンドロメダ、下にうお座、おひつじ座、右にみずがめ座がある」

「全然分かんない。全部一緒じゃないの」

「違うよ。見た目は同じに見えるけど、少しづつ違う」

 広人は絵本で見たギリシャ神話のアンドロメダの話を始めた。子供に言い聞かせるようにわかりやすく。興味がないあかりでも分かる簡単な話だ。

 薄闇の中で相槌を打つあかりの声が聞こえた。完全に理解はしていないだろうが、これで少しは分かりやすくなったはずだ。

「まあ、なんとなくは分かった」

「せっかくプラネタリウムに来たんだ。名前ぐらい知ってないと楽しめない」

「仕事サボってていいの」

「サボってないさ。これも仕事の一つだ」

「なんで、学芸員になろうと思ったの。宇宙が好きなら宇宙飛行士とか、博士とか、色々あるじゃん」

「研究するだけだと面白くない。色んな人に見てもらえたりして、喋るのが好きなんだ。友達とは宇宙の話なんて出来なかったからな」

「友達少ないんだ」

 あかりはまたからかうように言った。

「多くはないな。でも同じような趣味の人と天体観測したりキャンプに行ったりはするよ。テント張ってそこに天体望遠鏡持って行くんだ。それで焚き火とかしながら星を眺める。楽しいぞ」

「お兄さん、子供みたい。大人なんて仕事ばっかで大変そうなのにさ。なんでそんなに楽しそうなの」

 広人は確かにな、と思った。大多数の人は仕事を大変に感じているだろう。友人の愚痴も大概仕事のことが八割だ。そして自分もそう感じたことがある。

 だが、この仕事にはそれに見合うだけの──いや、それ以上の楽しさがあった。

 宇宙飛行士のように大空を飛んだり博士のように最新の設備の中で研究することはないが、自分には「やりがい」がある。

「君にもきっと分かるさ。大人になったらな」

「大人になんかなりたくないよ」

 あかりは席を立つとプラネタリウムから出て行った。

 広人は再び機材のスイッチをオフにして、事務所に向かった。

 今日も入館者は少ない。数えると虚しくなるので敢えて数えないようにしているが、どうせ壁に張り出されるものだからあまり意味はない。

 事務所に行くと、先輩の及川(おいかわ)博美(ひろみ)が自分のブースの資料を作っていた。そのそばで柴崎が何か本を読んでいる。

「星君、なんか戻るの遅かったけど何かあったの?」

「ああ、すみません。お客さんに説明してたんです」

「あかりちゃんかい?」

 柴崎が手を止めて尋ねた。

「そうなんです。あれ以来何度か来てくれてるみたいで」

「あかりちゃん?」及川が首を傾げた。

「最近来てる高校生の女の子です」

「へえ、そんな子も来るのね。珍しいわ」

 入館者のほとんどは幼稚園生から小学生、それと保護者が多かった。

 中学生や高校生の客はあまり見かけない。来ていたとしても、それは広人のように星に人並み以上の興味を持っているものだけだ。

「ちょっと無愛想な子だけど、見かけたら話しかけてあげてください」

「分かった。気にしておくわね」
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