神獣の国への召喚 ~無自覚聖女は神獣を虜にする~
 ……って、あれ?
 真っ白?
 本当に目の前が真っ白。いや、世界が真っ白で、目に映るものは浩史の姿しかない。
 29歳のわりに若く見られるのを自慢していた浩史。180センチの細身で、イケメンの部類ではないものの、優しそうな笑顔と口のうまさで女性にはそれなりに人気者。
 今になって分かった。若く見られるんじゃなくて実際に中身が幼稚だから容姿がそれに引きずられていただけなんだって。フード付きパーカーに、腰履きジーパンにリュック。学生のころと変わらない服装。優しそうな笑顔ではなく、調子のいいへらりとした笑い顔だって。
「な、なんだこれ?」
 驚いた顔の浩史が口を開いた。
 ああ、どうやら浩史の視界も私のようにおかしなことになっているようだ。
 真っ白だった1、2秒後、今まで立っていた新宿の駅近くの路上の景色はなくなっていた。

「まじか、いや、まじかよ……」
 浩史があたりをきょろきょろと見回す。
 私も同じようにぐるぐると頭をまわして景色を見る。
 あれほどいた人がいない。
 ビルも駅も、何もかもなくなっている。
 森の中の舗装もしていない土がむき出しの1本道に、私と浩史は立っていた。
 信じられない。一瞬360度の映像が映し出される部屋にでも運び込まれたのかとも思ったけれど、肌に触れる空気が違う。
 あの新宿のどことなく濁った空気ではない。空気清浄機で作られた綺麗だと言われる空気とも違う。
 山に行ったときのような、濃厚なまとわりつくような、それでいて不快な感じがしないあの空気だ。
「異世界かよ、異世界に来ちまった……」
 は?異世界?確かに都会の景色からすると別世界みたいな自然の中にいるとは思うけど……。
「俺、勇者なのか?すげぇどんなチート能力あるんだ?」
 浩史はニヤニヤして嬉しそうだ。もうすっかり、今、自分の浮気が原因で私に婚約破棄を突き付けたという事実などなかったかのようだ。
「ステータスオープン……あれ?表示されないな。そうか、ギルドカードに表示されるパターンか、もしくは神殿の水晶に触れると見える系か?」
 浩史の口からは次々とゲームなのか小説なのか分からないけれど、物語の中のような単語が飛び出している。
「そうとなればさっそくギルドに行かなくちゃな」
「ちょっと、浩史、何を言ってるの?」
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