青いチェリーは熟れることを知らない② 〜春が来た!と思ったら夏も来た!!〜

幾度となく浮かぶ疑問と…その答え

「どっ……どうすっぺっっ!!」

(……っ瑞貴センパイのセミヌード? 見ちゃったっっ!! いまどきの言葉でいうと"ラッキースケベ"とか言うんねっけか!?)

 こんなことを女子が言っていいのかわからないが、ちえりの頭はもうパニック状態だった。
 小さい頃は瑞貴の家の庭のビニールプールで半裸状態で水浴びをしていた三人だったが、そんなのはもう旧石器時代並みに遠い話だ。

「色が白くて、お肌スベスベで……きめが細かくて……こ、腰からしたは見えなかったけど、けどっっ……!」

(あ~~~っ! ニヤけるっっ! ヤバいッ!!)

 ソファに顔面を押し付け、頭の上にクッションを被せたちえりのポケットのスマホが"コケコッコー!!"と、この時間に似つかわしくない清々しい声で鳴いた。

「……っ!? あ、お母ちゃんからだ……」

 頭上にクッションを掲げたままスマホを取り出して画面を確かめる。

"明日の荷物、宅配ボックスっていうのに入れてもらえるようにしたから"

 と書いてあった。

「……ん? なんでお母ちゃん知ってるんだ?」

(私そんな話したっけ?)

"ありがとう。宅配ボックスよく知ってたね?"

 と、素朴な疑問を返してみる。
 するとすぐに威勢の良いニワトリが叫んで。

"瑞貴くんのお母さんに聞いたのよ~! あの子に荷物送るときだいたいそうしてるわ~って教えてもらったんだ~。ちゃんと桜田瑞貴様方って書き加えたから~"

「あ……そういうのも必要なんだべしたね。私ってばどこまで世間知らずなの……って、……ん?」

"もうこんな時間だし、瑞貴くんに迷惑かけると悪いから~あんたも早く寝なさいね~"

"まだそんな時間じゃないけど……ありがと。じゃ、また。おやすみ!"

"おやすみ~"

 母とのメールの文字にも、脳内では生まれてからずっと一緒だった声が響いていた。
 その声にちえりは安堵感を覚えるが、メールの内容が気になってしょうがなかった。
 そもそも瑞貴と再会したことをきちんと話した相手は真琴だけだったが、家族ぐるみの付き合いな桜田家と若葉家はもはや全員が家族の括りであるかのように仲が良く、ひとりに報告すれば大抵皆に伝わるような間柄だった。

(お母ちゃんってば私と瑞貴センパイが一緒に住んでるって知ってても普通だなぁ……うーん。やっぱ幼馴染ってそういう安心感あるのかも)

 瑞貴の両親がちえりのことを自分の娘だと思っていると昔から言ってくれていたように、ちえりの両親も瑞貴のことを自分の息子だと思っているのかもしれない。したがって、兄と妹が一緒に住んでいるというだけで、特に何とも思っていない可能性が高い。

(親公認の仲って感じ? なーんてっっ! って、そうじゃない!!!)
 
「あわわっ……おじさんおばさんに御中元贈らなきゃっっ……東京ならやっぱデパートとかの……ブツブツ」

 すでに夏も近い日本のいま、風物詩の御中元の予約が始まっているはずだ。
 これほどお世話になっている瑞貴にさえまだ恩返しも出来ていないが、瑞貴の両親にはお世話になっている報告を自分の口から伝えなくては示しがつかない。

「おじさんとおばさんが好きそうなものって言ったらやっぱり……」

(お肉かなぁ……)

 "う~ん"と考えながら、好みの物を聞くなら瑞貴に相談したほうがよいかと悩んでいたところに、今度こそ瑞貴の本体がリビングへとやってきた。

「デパートがどうした?」

 それすらも小鳥のさえずりのように美声を奏でる瑞貴にちえりはバッと姿勢を正し、聞かれてしまった独り言を弁解していく。

「……っ! お帰りなさいセンパイ! いまお母ちゃんからメール来て、明日の荷物宅配ボックスに指定してくれたって。そ、それで……荷物の送り方をセンパイのお母さんに聞いたって言うから……そ、そのっ……ちゃんと御礼というか、お世話になっておりますって御中元をって考えてて……」

 しどろもどりになりながら説明すると、風呂上りの瑞貴は飲み物を手にしながら向かい側のソファへと座った。

「……っ!」

(パジャマのボタンの一番上が外れてるのがもうセクシーッ!! なんだってばそんなに美しいんだべ!?)

 色素の薄い瑞貴の瞳や髪が照明の光を浴びてますます神々しく輝いて見える。

(そ、添え善食わぬは……なんとかかんとか……)

「……それなんだけどさ、うちの会社ってお盆休みあるだろ?」

「へ? ……あ、そうですね!」

 ちえりは慌てて妄想上の添え善を丁寧に片づけると、直視できぬほどに清らかな王子と視線を合わせた。
 いままで地元から出たことのないちえりは"帰省"の類いと大型連休の関連を意識したことがない。なんせ、この歳まで実家からも出たことがなかったからだ。

「チェリー、一緒に地元帰らないか?」

「……? あ、はい……」

(……休みの日までは一緒に居たくないってことかな……)

 帰省したらそれぞれの家がある。
 たまにしか会えない瑞貴の家族も水入らずで過ごしたいに違いない。
 ちょっと残念に思いながらも言葉を紡げずにいると――
 
「良かった、親にも色々報告したいこともあるしな」 

 ほんのり頬を染めた瑞貴は照れたように笑い冷えたグラスを一気に煽る。

「……?」

 彼のその表情と仕草に"?"が頭上に浮かんだちえりだったが、数分後には人並みに理解して発狂しそうになる自分が風呂場に居たのだった――。


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