13番目の恋人
先に沈黙を破ったのは彼だった。

「この前の……」
「はい」
「常務室での事はね、他言しない。だけど、今後は気をつけた方がいい。ここは会社だからね。自覚を持って」
「はい、申し訳ございません」

そうだよね。あの人はこの会社の常務だ。秘書の教育も出来てないのかと言われるのは、俊くんなのだ。
俯いたままの私に
「いや、責めてるわけじゃないよ、その、悪かったよ」
「え?」
彼を見上げるともう一度目が合った。

「あ、何だ、泣かせたのかと」
「いいえ、私が自覚がなかっただけですから、泣きません」
「うん、さっきみたいに笑ったら年相応だね」

今度は彼が目を逸らした。

「えっと……?」
「ほら、見すぎ」
そう言われてハッとした。

「す、すみません」
ちょうどエレベーターがその階で停まり、彼は少し微笑んで先に下りて私の前を行った。

私も、同じ階なのだけれど、彼に追い付くこともなく彼の背中を見ながら後ろを歩いた。背中を見ているのに、なぜかさっきの笑顔を思い浮かべていた。

彼の姿が見えなくなって、やっと、私は呼吸が出来た気がした。

はあーっと息を吐く。はあ、苦しかった。はあ、恥ずかしかった。そう思いながら席に着いた。

「おはようございます」
「おはよう」
万里子さんにはごくごく自然に笑顔を向けることが出来た。
< 39 / 219 >

この作品をシェア

pagetop