わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

05. 橘部長と約束する

 翌朝、目覚めると、横で橘部長が呆然と私を見ていた。お互い全裸で、ちょっと恥ずかしい。そして、さすがの橘部長も、やや表情が曇っている。
 私が「おはようございます」と声を掛けると、橘部長が呟いた。


「……なんて事だ……人事部長なのに内々定者の学生と寝てしまった……」

 
 熱に浮かされたような昨夜と違って、朝日を浴びて正気に戻ったかのような橘部長の顔を見て、私は笑いがとまらなかった。

「うわあ! よく考えたらヤバイですね! バレたら絶対、双葉のSNS炎上しますね! アハハハハ!」
「君も内々定取消だろうな」

 え、私も巻き込まれるの? 笑ってる場合じゃない。

「それは困ります! うちは貧乏だし、就職はしないと! どどどどうしましょう? 私、誰にも絶対口外しませんから!」

 双葉にいこうと決めたから、解禁日以降の、他社の会社説明会の予約はしていない。今からだと、どのセミナーも満席だろう。困る。

「どこから情報が漏れるかなんてわからない。ただ、安全な解決方法がひとつある」
「何ですか?」

 解決方法があるなら知りたい! 乗っかる!

「私と結婚してくれないか。妻なら、セックスしていてもおかしくないだろう?」
「確かに! わかりました。結婚しましょう」

 私は就職先と同時に、永久就職先も決まってしまった。どうしてこうなった。


 誓いのキスではなく、お互い握手をして「他の学生には絶対バレないようにします」と約束した。

 お互いの両親に挨拶を済ませたら婚姻届を出す。内定者研修等に参加する場合、私は旧姓のままでいる事等を話した。双葉では結婚などで姓が変わっても、変更しない人が多いそう。勿論、変更しても構わないらしいので、私は入社のタイミングで姓を変える事になった。

「私は旧姓でも構いませんよ? どっちでもいいです」

 私がそう言うと、橘部長がため息をついた。

「……面倒だが、容姿のせいか女に言い寄られる事が多い。いちいち『清川桜』と結婚していると説明したくない」

「急にモテアピールしないでください。何かムカつきます。仕方ないですね、姓は変えます。ただ……『橘桜』って字面のパワー凄くないですか?」

 私が笑っていると、「橘桜」と呟いた橘部長が無表情のまま言った。

「……桜」

 急に名前で呼ばれてびっくりした。いや、そもそも名前を呼ばれたのが初めてかもしれない。ようやく認識したんだろうか。

「桜」

 もう一度、そう呼ばれたので返事をしようとしたら口を塞がれた。明るいから恥ずかしい。
 そのまま私は、朝から橘部長に抱かれてしまった。セックス中の橘部長は少しだけいつもと表情が違うから、人間って面白いなと観察していた。
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