Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

シューベルトと婚約の試練《4》




 ホテルからほど近い場所にある音楽スタジオを貸し切りにしたという章介によって、わたしはその夜からピアノの猛練習に励むことになった。せっかくスイートルームを予約したのに、とぼやいていたアキフミだったが、ドレスを脱ぎ捨て入浴して楽な格好になったわたしがスタジオにこもってピアノを弾きたいと頼めば、渋々練習につきあってくれた。
 防音設備のととのった地下空間に一台のアップライトピアノ。スタジオのドアの向こうには同じ空間に仮眠用のソファとテーブルが置かれている。眠れる気はしないが、アキフミが練習につきっきりなので初日は早めに切り上げてソファで一緒に身体を休めた。彼はホテルに戻るものだと思っていたらしいが、時間がもったいないからとわたしがそのままソファに沈み込むと、彼も観念したのか一緒に眠ってくれた。

 朝は五時からピアノを弾きはじめ、アキフミが近所のコンビニで買ってきた菓子パンを食べ、またピアノを弾いて、アキフミが持ってきたホテルのレストランのテイクアウトランチを食べ、ふたたびピアノを弾いて、アキフミと一緒にホテルに戻って夕飯を食べ、シャワーだけ浴びてスタジオに戻り、ピアノを弾く、というストイックな時間を二日間過ごし、わたしは決戦に備える。
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