スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

現実世界に神などいない


 うららかな陽の光を受けた木々の間から、桃色に染まった小さな欠片がはらはらと舞い降りてくる。アスファルトのところどころに落ちている桜の花びらから視線を上げると、陽芽子は勤務する会社のエントランス前でゆっくりと深呼吸をした。

 月曜の朝なのに、不思議と気分がすっきりしていて清々しい。

 その理由はわかっている。自分でも驚くほど、今回は失恋から立ち直るのが早かったから。悲しい気持ちをさっぱりと忘れて、新たな心境で新年度を迎えることが出来たから。失恋したこと自体すっかり忘れてしまうほど、今の気分は晴れやかだ。

 株式会社クラルス・ルーナ。

 入口の上に掲げられた社名を一瞥すると、そのまま歩を進めてエレベーターを待つ社員の列に並ぶ。とは言えまだ早い時間なので、さほど待たずに搭乗できるだろう。

 クラルス・ルーナ社の母体であるルーナ・グループは農水産物の生産や加工、食品の製造・販売、飲食店およびホテル内レストランの経営、輸入食品の販売や自社製品の輸出など、食と名の付く業界に幅広く参入する巨大企業だ。

 系列四社のうち、クラルス・ルーナ社は主に食品の製造・販売を担っている。とくにプライベートブランドの加工食品・菓子・飲料などの製品は、スーパーやデパートの食品売り場、ドラックストアやコンビニエンスストアに行けばどこでも入手できるほど有名なものばかり。

 陽芽子の所属部署は、その製品パッケージに書かれている電話番号の向こう側―――コールセンター内のお客様相談室だ。

 しかも肩書はお客様相談室、室長。役職で言えば係長に相当するが、部署名がお客様相談『室』なので便宜上『室長』と呼ばれている。
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