社長、嫌いになってもいいですか?
紫陽花の予言
ぽつぽつとと小雨程度だった雨が、シャワーのように強くなる。
私の顔と体は汗で濡れているのか、雨で濡れているのか、とうとうわからなくなった。
とうやく最近慣れ始めた、体の不調を隠すためのナチュラル風メイクは、すっかり落ちてしまっただろう。
不摂生により、吹き出物や目の隈だらけの自分のスッピンを、すれ違う人に見られたくなくて、俯いた。

あの日、社長に気づかれないようにこっそりスキップした道を、私は脇目も振らず全力疾走していた。
すれ違う人々は皆、自信ありげに走るトレーニング姿の人や、相合い傘を楽しむカップルばかり。
きっと、私のような惨めな思いをしながら、この場所を通る人はいないだろう。
悲しさを振り切るように、入社したばかりの頃に買ったオフィススーツが雨に濡れるのも気にせず、脇目も振らず、より全力疾走していた。このまま息ができなくなって、倒れてしまえればどんなに楽か。

気づけば、古くからある落ち着いた高級住宅街を走り抜け、目黒川を見下ろせる、あの公園に来ていた。
あの飲み会の日、コンビニでお酒を調達した後にフラフラとたどり着いた思い出の場所。
ベンチに座って、地元よりは見えないけれど、雲一つない星空の下、風を受けながら飲んだ100円ちょっとのレモンサワーは、居心地の悪い密室で飲む、ちょっとお高めお酒よりずっと美味しいと思った。

紫陽花がすで咲き始めていた。
その色は、紫よりも青に近い、白とのグラーデーション。
もしかすると、今1番見たくなかった色だった。
色が移ろいゆく様子から、「浮気」を意味する花言葉。
「やっぱり、そういうことなのかな……」
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