信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

ふたたびの…


 その頃、彩夏は自己嫌悪と戦っていた。
江本から樹が倒れた話を聞いたのは、彼が入院して容態が安定してからだった。

 あの意味不明だった『株は売るな』の電話があった頃、
樹が大変な日々を送っていた事や、彼の母と弟の事も…。
まだ子供だったとはいえ、婚約してからキチンと樹と向き合っていたら
少しは理解できたのかも知れない事ばかりだった。

 自分が過ごした年月と同じだけ、彼も複雑な人生を歩んできたのだ。
そんな当たり前の事に気付かないまま、
簡単に離婚しようとしたのがとても短絡的に思えた。

『もう少し、彼と話して向き合ってみよう。』

 樹を療養の為、牧場に迎えようと決めたのはそんな考えからだった。
久保田家の皆も賛成してくれた。
前回彼が突然訪れた時、あんなに怪訝な目で樹を見ていた真由美も
大病の後と聞いて、すっかり同情的だ。
「お好きな物、沢山ご用意して、元気になっていただきましょう。」
と、張り切っている。

 その日が近付くにつれ、一番落ち着かないのは彩夏になった。
小学生の美咲ですら、『イケメン社長』が来るのを楽しみにしているというのに…。

 原因は分かっている。
あの後、妊娠はしていなかった。本当にがっかりした。
一度で妊娠できるなんて本気で思っていた訳ではないが、
子供を授かりたくて、期待し過ぎたのだろう。
今回、暫く彼が自分の側にいると思うと、平静でいられる自信が無かった。
きっと、彼が求めてきたら応じてしまう。
心の中にそれを楽しみにしている自分がいるのが恥ずかしくてたまらないのだ。
こんな欲望を持つ自分に樹は呆れるかもしれない。

どんな顔で迎えようか…
この年でになってこんな悩みが生まれるとは、人生解らないものだ。

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