信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

混沌


 その電話は突然だった。
樹のスマートフォンに、いきなり退社した江本郁子(えのもといくこ)から電話が入ったのだ。

「もしもし…」

『あ、ああ… 樹さん!
 ごめんなさい。ごめんなさい…。』
「江本か?」

『ああ…。』
「どうした? 泣いてるのか?」

『も、申し訳ありません。どうしたらいいのか…。』
「落ち着け、江本らしくないぞ。」

『彩夏さんが…行方不明で… もし、何かあったらと思うと…
 坊ちゃんがおひとりになってしまう…。』

江本から出た『彩夏』という名前に、樹は狼狽えた。

「彩夏がどうした? おい! 江本!」

江本の悲痛な叫びを残し、プツンと電話は切れてしまった。

「彩夏が…。」

いきなり社長室から大声が聞こえて驚いたのだろう、秘書の石川が顔を覗かせた。

「社長、何かございましたか?」

「彩夏が行方不明らしい…。」

「は? 離婚なさった奥様ですか?」


暫く沈黙した後、樹の行動は早かった。

「今、江本から電話があった。何処からの発信か確認してくれ。
 それから石川、祥を呼べ。」
「は、はい。」

江本の声の向こうから、真由美や美咲の泣いているような声も聞こえた。
森下牧場に江本はいるのだろうか。

「直ぐに、出掛ける。恐らく北海道だろう。
 一番早く、新千歳に行く便を押さえろ。」

「社長…ご存じありませんでしたか?今、あっちは台風の圏内です。
 大荒れで、飛行機は飛んでいません…。」

「くそっ。」
樹は思わず机を叩いた。

いきなり呼び出された祥が、何事かと社長室に飛んできた。
髪をボサボサにし、机を叩く兄の取り乱した姿に驚くと、
石川から事情を聞き出した。

「彩夏さんが…行方不明?」
「どういう事か、全然分からないんだ。」

祥は、兄の様子からただ事では無いと感じていた。

「石川君は、江本さんに何とか連絡取ってみて。
 僕は、北海道に行く方法を考える。」
「わかった!」

二人が協力して情報を集める中、樹は何とか森下牧場に行こうと考えていた。
じっとしていられない。
だが、指示を出した後は待つしかないのだ。

「俺は羽田に向かう。何かわかれば、直ぐ知らせてくれ。」


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