悪役幼女だったはずが、最強パパに溺愛されています!
番に裏切られた獣人は地獄の苦しみを味わうという。

そして理性を失い、相手を憎んで正気でいられなくなるのだ。

リシュタルトのように、相手だけを亡き者にするだけならまだぬるい。

過去には番に裏切られ、狂乱した獣人が、大量虐殺を働いたこともあった。

「お前には、俺の獰猛化を止めれるようになって欲しい」

リシュタルトが言いたいことが今初めて分かって、ナタリアは虚を突かれたように彼を見た。

「それって……」

「獣操師の勉強をひそかにしてたんだろう?」

「知っていたのですか?」 

「部屋に隠している書物を見れば一目瞭然だ。まさか城を抜け出してまで、獣操師に話を聞きに行くとは思わなかったがな。お前の行動力にはときに驚かされる」

(獣操師関連の書物は書架の裏側に隠してるのに、そんなところまでチェックしてたの?)

娘のスマホをチェックするタイプの父親だわ、と若干引いてしまう。

だが今は、思ってもみなかった話の流れの真っただ中で、そのことに構っている場合ではない。

「……それはつまり、獣操師の勉強を続けてもいいということですか?」

「お前が望むなら」

優しく微笑まれ、ナタリアは心の緊張がほどけて、またほろりと涙をこぼしてしまう。

するとリシュタルトは手を伸ばし、ぎこちなくナタリアの頭を撫でてくれた。

「ギルはどうなるのですか?」

「お前が殺すなと言うなら殺さない」

「殺さないでほしいです……」

「分かった。殺したくて仕方ないが、今回は我慢しよう」

そう答えると、リシュタルトは物騒な発言とは相反する優しい手つきでナタリアを抱きしめてくれた。

「その代わり、たまには俺との時間も作ってほしい。俺といても退屈なのは分かるが」

拗ねたように言われ、ナタリアは彼と一緒に出掛けることを断ったり、一緒にいても心ここにあらずだったりしたことを思い出す。

「分かりました」

「俺も、なるべくお前が楽しめるよう努力する」

言いにくそうにつぶやくリシュタルト。

「はい」

彼の不器用さに、喉元から愛しさが込み上げる。

思わず笑いそうになったが、ナタリアは寸手のところで笑いをこらえた。

込み上げてきたあたたかな感情を、胸の奥に沈める。

彼のこの優しさがまやかしだということは、もう充分に分かっているからだ。

彼は、ヒロインであるアリスだけに心を許す、無慈悲で残酷な皇帝。

ナタリアがどんなに頑張っても、それ以外の何者にもなり得ない。

あとでつらい思いをするのは自分なのだということを、ナタリアはもう痛いほど分かっている。

だからどんなに優しくされて、もう心は揺るがない。

(城を出て行く日まで、この人を親バカにすることだけ考えて生きなくちゃ)

ナタリアの決意は、鉄のように固かった。
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