【11/25書籍発売予定】契約外溺愛 ~呪われ猫伯爵に溺愛宣言されたが、勘違いする乙女心は既にない。……いえ、取り戻さなくて結構です!~
11 顧客からの差し入れは、受け取るのも礼儀です
 とりあえず、ことの顛末を伝えるために治癒院に向かうことになり、ステラとグレンは部屋を出た。

 建物を出て街の中を歩くが、人々の視線はグレンに集中している。
 それはそうだ。
 薄毛人(うすげびと)垂涎のサラサラで美しい黒髪に、宝石のように輝く紅玉(ルビー)の瞳の美貌の青年。
 貴族でないとしても、きっと同様に人目を引くのだろう。

 ステラは自身の容姿に特にこだわりもない上に、乙女心は消え去っている。
 そのため平気ではあるが、普通ならばグレンの横を歩くというのは、嬉しいなり恥ずかしいなりの感情を揺さぶるものなのだろう。
 だからといって、揺さぶられた女性達に目の敵にされるのは御免だが。


 治癒院までの道のりを進んでいると、突然グレンが立ち止まった。
 少しよそ見をしていたせいで、その背中に思い切り顔をぶつける羽目になる。
 痛む鼻を押さえながら様子を見ると、どうやらグレンは何かを見ているらしい。

 ここは街の中心部なので、立ち並ぶ店も以前見た露店より少し上質な品を取り扱うことが多い。
 とはいえ、グレンは伯爵だ。
 一体何を見ているのだろうと興味が湧いて覗きこもうとすると、くるりとグレンがこちらを向いた。

「少し、待っていてくれ」

 ステラがうなずくよりも早くその場を離れると、あっという間に近くの店に入ってしまう。
 そんなに急いで買うものがあるのかと看板を見てみれば、どうやら宝飾品の店のようだった。
 同僚達の話で名前を聞いたことがあるから、それなりに有名か高価なお店なのだろう。

 ステラは平民になってから、装飾品を買うことも身につけることもなかった。
 そう考えると、先日グレンからもらったブローチは、平民生活初の装飾品だったということになる。

 記念すべき品だが、既に破壊されて捨てた。
 無事だったとしても、何となく気後れしてしまっておくだけだったので、あまり変わらないような気もするが。

 通りの端に移動して人の波を見ながらそんなことを考えていると、向かいの店から出てきたグレンがこちらに向かって走ってきた。
 サラサラと揺れる黒髪に、数々の薄毛人(うすげびと)達の顔が浮かんでくるのは、もはや職業病だろう。


「待たせて悪かった」
「いえ、問題ありません。では、行きましょうか」

「ちょっと待って」
 何だろうと振り返るのと、グレンの手がステラの顔を包み込むように近付くのは、ほぼ同時だった。

「今度は身に着けておいてくれ」
 何のことかわからぬうちに、グレンの手が離れる。
 冷たい感触に胸元を見てみると、星の形の飾りがついたネックレスが揺れていた。

「……これは何ですか?」
「部屋に置いてはおけないなら、身に着けていればいい」

 それはそうだが、その前に何故グレンがネックレスを用意するのだろう。
 もう一度見てみると、星形の飾りには赤い石がはめ込まれている。

 何せ縁がない上に興味がないので詳しくはわからないが、恐らくは宝石だ。
 購入した店の格を考えれば、決して安物ではないはず。
 となると、更に意味がわからない。


「これは契約云々じゃなくて、君を危険に晒したお詫びだ」

 確かに今回はグレンがモテモテな弊害で部屋を荒らされたのかもしれないが、それとこれとは関係ない気がする。

 それにグレンには危ないところを助けてもらったのだから、逆にステラがお礼をするのが筋ではないのだろうか。

「俺が贈りたいんだ。受け取ってほしい」
 真摯な眼差しで訴えられ、ステラは瞬く。

 これは顧客であるグレンからの、差し入れのようなものと考えるべきか。
 身分ある男性が贈ると言っているのだから、正当な理由なく突き返すのはかえって失礼だろう。

 仮に後から代金を請求されたら、払える……だろうか。
 ステラは自身の貯金額を頭に浮かべ、肯定のサインが出たことを確認すると、そのまま頭を下げた。

「では、いただきます。ありがとうございます」
「そうか」

 顔を上げると、声と同様に嬉しそうなグレンの顔がそこにあった。
 どうやら対応として間違っていなかったらしいとわかり、ステラもほっと息をつく。


「……あの。どうして、私を信じてくださったのですか?」

 男性は、修理代としてステラが迫ってきたと訴えた。
 もちろん事実無根ではあるが、諸々の噂を聞いていれば、少し疑う気持ちがあってもおかしくない。

 まして一年間だけとはいえ、伯爵である自分の妻を名乗る存在だというのに、グレンはあっさりと信じてくれた。
 嬉しいとは思うが、釈然としない気持ちがあるのも事実だった。

「そもそも、疑っていなかったからな」
「え?」
 思いもかけない言葉にステラの声が上擦ると、グレンは苦笑した。

「もしも噂通りの毒婦で愛人だとしたら、あの男の誘いに乗るだろうし、もっと上手く立ち回るだろう。それに俺との契約も続行して、絞れるものは絞り取るはずだ。大体、男慣れしているようには見えない。……恋人はいる?」

「いいえ。一度、結婚しただけです。それで十分に懲りました」
 望んでもいない結婚だった上に、即日で未亡人となり追い出されたのだから、もうこりごりである。

 うんざりする気持ちが顔にも表れたのだろう。
 グレンはステラを見ると、紅玉(ルビー)の瞳を細めて笑みをこぼした。
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