堅物女騎士はオネエな魔術師団長の専属騎士になりました。
プロローグ
「……まったくもってあの女は面白みがない。気を使ってたわいのない話を持ち掛けても、にこりとも笑いやしないんだ。あんな愛想のない女と婚約するだなんて、考えただけで気が滅入りそうになるよ」

「まあレイニード様、そのように言われてはいけませんわ」

「いいや言いたくもなる。貴女のように花のような笑みを浮かべるような素敵な女性と婚約できるなら、私も本望だというのに」

「勿体ないお言葉……、とても嬉しいですわ」


学園の中庭にあるガゼボにて、少し高めなテナーの声とコロコロと鈴のような可愛げのある声が響く。長椅子に座り親しげに話しをしているのは、ライオネット伯爵家の嫡男であるレイニードと、コルネオ男爵家の令嬢アミィだ。
レイニードは学園でも中々に整った顔立ちの男で、学園の中でも人気は高い。さらにアミィも貴族としての位は低いとはいえ、くりっとした大きな目に、熟れた果実のような唇。まるで妖精のようだと言われるような美しい令嬢である。
学園の生徒であれば誰でも利用できる場所ではあるが、親密な様子で語り合う二人の姿を前に他の生徒は利用したくても出来やしない。
そんな二人の姿を、二人が見えないであろう死角で偶然目撃してしまったのは、レイニードがつまらないと語る、婚約予定となっていた令嬢、アステリア伯爵家のマリアベルであった。

彼らの声は良くも悪くもとても通る。
二人の姿を見つけたと同時に、会話までもがマリアベルの耳に嫌でも入ってきたのだ。

愛想のない、面白みがない。
レイニードの言葉がマリアベルの頭の中をぐるぐると巡る。

そもそも婚約の話もマリアベル達の希望のものではない。貴族である以上避けられない家同士の繋がりゆえのもの。ましてこの話を持ち掛けてきたのはマリアベル側のものではなく、ライオネット家からであった。

マリアベルが籍を置くアステリア伯爵家は、このエレノア王国でも歴代剣術で名籍を上げている由緒ある家系である。
歴代の当主はほぼ国の騎士団長を務め、子女であれば王妃、または王女の専属騎士として務めていた者が多い。
マリアベルももちろん将来は王族に仕える身となるべく、幼少期から兄とともに剣術の稽古をつけ学園の中等科から騎士専攻科へと進んで、日々技能を磨いている。
それゆえ、マリアベルは結婚の「け」の字も考えたことはなかった。伯爵家は兄が継ぐものであったし、マリアベル自体縛られるものは特別ない。
将来はこの国を守る女騎士として大成出来れば本望であるとマリアベルも考えていたし、同様にマリアベルの両親もそこまで強制的に縁談を持ち込むことはなかった。

だが、そんな折飛び込んできたレイニードとの縁談話。
騎士になるものと思っていたマリアベルはその話に乗り気ではなく、そんなマリアベルを見て両親も断ろうとしていた。
だが、とりあえず何回か接点を持って頂いて、とあまりにもぐいぐいとライオネット家から懇願されたことと、なんだかんだと娘の将来を心配した親心もあって、結果、婚約保留で顔合わせの機会を作ったのだが。

【騎士たるもの、どのような状況下に置いても常に冷静であれ】
【騎士たるもの、たやすく人の表情に揺さぶられるものではない】

幼少期からの騎士たる精神論がマリアベルを作り上げているだけに、レイニードとの会話をしても、うまく話を続けることが出来なかった。
レイニードと会う機会は数回あったが、しかしどんなに努力しても感情を出して会話することができない。

マリアベルには、普通の令嬢のように花やお菓子、お洒落に興味があるわけではなかった。
ただ一応貴族であるゆえ、それなりの恰好はしているものの特別こだわりはなく、侍女が用意してくれたものを文句ひとつ言わず着る。

彼女の興味は剣術、そしてそれに続く騎士の世界のみだ。

だから、マリアベルに流行りの歌劇の話や学園でのたわいない話をされたところで、全くついていけなかったのだ。
結果、持ち前の騎士道を貫いてしまった、というわけだ。

確かに、マリアベルは傍から見れば面白くはない人間だろう。自覚はある。
気の利いた言葉ひとつ言えやしない。これまでそういったことを経験してきていないのだから仕方ない。

だがそれを口説きの材料として、落とすようなことを言わなくてもいいではないか。

嫌なら断ればいい。
元々、婚約するかどうかは会ってみてからという話だったのだから。合わないと判断したのならば、無理であると親に言えばいいだけのことだ。
なのにそれも出来ず、文句を他人に晒すだけのひ弱な人間が、人を蔑むとは何事か。

マリアベルは拳を握った。
ギリギリと音がしそうなほど、強く。

しかし、常に冷静であれとの信念のもと、マリアベルは気持ちを落ち着けるべく息をひとつ吐くと、物音を立てないよう静かにその場を去った。

そして、その夜マリアベルは父に告げた。

「この縁談は、お断りしていただきたい」と。

男に二言はないの如く、騎士とっても口から吐き出された言葉に二言はない。
父へその言葉を言った以上、マリアベルの意思は固いものであった。

――—こうして、マリアベルの将来は騎士道一本へと突き進むことになったのである。
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