訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
帰国をしたらプロポーズされました
「フュー、私の妻になってくれないか。私は生涯きみを愛すると誓う。きみしかいらない。フューのことを愛しているんだ」

 求婚は突然だった。
 何が起こっているのかも分からないのに、妻になって欲しいという言葉だけが頭の中でぐるぐると回っている。

 ギルフォードは、フューレアの手を取り、そっと唇を押し付けた。
 空色の瞳に射抜かれると、心臓が大きな音を立てた気がした。

(そんな……まさか。だって、わたしは誰とも結婚をする気などないのに……)

 思いとは裏腹に、縫い留められたようにその場から動けない。
 幼なじみで、兄のように慕うギルフォードが、フューレアに求婚をしてくるだなんて。
 一体誰が想像しただろう。

 戸惑い、瞳を揺らすことしかできないフューレアを、ギルフォードが熱情を込めて見つめてくる。
 獲物を逃さないという激情を隠しもしない視線に、フューレアはただ、はくはくと呼吸をすることしかできなかった。

  * * *

 フューレアが二年間の気ままな旅行から帰国をしたのは、ギルフォードから求婚される三週間ほど前のことだった。

「わあ……久しぶりのロームね!」
 下船のために甲板に立ったフューレアは思わず歓声を上げた。

「まあ、何もかもが変わっていないわねえ。二年ぶりという気がしないわ」
「まさしく見慣れた祖国、という光景だね。ハレ湖も立ち並ぶ倉庫もそのままだ」

 フューレアに続いて、両親が感想を言い合う。国を離れて二年。引退ついでに物見遊山の旅に出かけることにした両親に付き添う形でフューレアも気ままな旅行生活を楽しんだ。
 祖国ではないけれど、ロルテーム王国に移り住んでそれなりの時間を過ごしたフューレアの中にも、この国に帰ってきたのだという郷愁の念が浮かび上がる。

(わたしの中でも、この国は故郷になったってことなのかしら)

 ようやく陸地に足を踏み入れられる安堵に乗客たちもどこか浮足立っている。一等上客であるフューレアたちは船員たちの案内に従い、ゆっくりと下船を始めた。

「まずはひさしぶりにニシンの酢漬けが食べたいわねえ」
「そうだな。あれを食べるとロームに帰ってきたな、と思うな」

 両親の会話を聞きながら港に降り立つと、すぐにナフテハール家の者たちが近づいてきた。両親の営むナフテハール商会の者たちだ。男爵家でもあるナフテハール家は古くから海運・貿易業で財を成してきた。

 あらかじめ船の到着日時を知らせてあったため、港に馬車が到着している模様だ。
 母である男爵夫人と共に歩き出そうとしたとき、「フューレア!」と名前を呼ばれた。
 懐かしい声に、フューレアは声が聞こえた方向に顔を向けて破顔した。

「ギルフォード!」

 少し離れた場所から、紳士が一人こちらへ向かって駆けてくるのが見てとれた。
 金色のさらさらした髪の毛に空色の瞳。それから、記憶よりも精悍さが増した美しい顔。つややかな濡れ羽色のフロックコートと揃いのズボンを着こなした彼に、フューレアは一瞬見惚れてしまった。

「ギルフォード! あなた、ギルフォードじゃない。久しぶりだわ。ねえ、どうしてこんなところにいるの?」

 惚けたのも一瞬で、すぐに兄のように慕う大好きな年上の幼なじみとの再会の喜びが沸き起こり、大きく手を振った。

 ギルフォードがフューレアの目の前にたどり着く。
 懐かしい、空色の瞳の中に自分が映っている。フューレアは、ようやく帰国をしたことを実感した。

「もちろん、帰国をしたフューに一番に会いたかったからさ。おかえり、フュー。この日を待ち焦がれたよ」
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