訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「そうする」
サロンは静かだった。今日はエルセは同席をしていない。男爵が席を外させたのだ。
いつものメニューを平らげ、コーヒーを飲むとようやく頭が回り出した。
「えっと……まずい状況かしら?」
フューレアは恐る恐る切り出した。昨日衆人環視の中でギルフォードから求婚された。あの場にいなくても噂は即座に人々の間を駆け巡ったに違いない。
「とりあえず、自分の目で確認しなさい」
男爵が渡してくれたのはロルテームで発行をされている新聞の中でも比較的硬派なものだった。
『ロルテーム日報』を受け取ったフューレアは紙面をめくっていく。
社交欄の項には大きくレーヴェン公爵家の嫡男であるギルフォード・レーヴェンがナフテハール男爵家の末娘であるフューレア・ナフテハールに求婚したという記事が掲載されていた。フューレアは騒ぎ立てる心臓を宥めつつ文字を目で追っていく。
記事には、ボートレースの見学席でギルフォードがフューレアに求婚をしたことと、これまで恋のうわさが全くなかったギルフォードの本命が男爵家の末娘であったことの驚きが合わせて掲載されていた。結婚は早ければ来春になるだろうという予測とともに、麗しの公爵家令息を射止めたフューレアの経歴が記されている。
「フューレア・ナフテハール。十九歳。輝く銀色の髪に紫色の瞳を持った男爵令嬢はナフテハール氏がリューベルン連邦の修道院から慈善事業の一環として引き取った養女である。十三歳の頃引き取られたフューレア嬢はかくしてロルテーム女性の羨望を一心に浴びることとなった……。ううう……やっぱり色々と書かれている!」
かりそめの経歴までばっちりと調べられている。
さすがは社会派の新聞だけあって記事は事実のみが淡々と書かれてある。多少記者の感想も混じってはいるが過度な私意は見られない。これはおそらく好意な部類だろう。ゴシップだともっと面白おかしく書かれているに違いない。
「はぁ……困ったわ。わたし、ギルフォードがわたしのことをそういう相手として見ていただなんてちっとも思わなかったのよ!」
まさに青天の霹靂だった。
ギルフォードがフューレアを妻に望んでいただなんて。そんなこと、これっぽっちも考えてみなかった。
「それは……」
一方の男爵夫妻は互いに目配せをしあった。
ギルフォードは分かりやすくフューレアを特別扱いしていた。
レーヴェン公爵家はフューレアの秘密裏の亡命の協力者だった。その縁もありギルフォードはフューレアの話し相手として公爵に抜擢をされた。最初は額面通りの関係だったが、ゆっくりとギルフォードの態度が変化をしていった。
フューレアに対して心を砕き、常に彼女を溺愛するギルフォードに感じるものがあった夫人は「あなた、鈍い子だから」と苦笑いだ。
「だって、ギルフォードがわたしに優しくしてくれるのは、単なる気遣いだと思っていたもの。わたしの事情を全部知っているからこそのことだと思っていたし。わたしもそれに甘えてしまっていたのだけれど」
ギルフォードはフューレアがフィウアレア・モルテゲルニーという名前だったことも、ゲルニー公国の大公家の一族に生まれたことも全部知っている。
だから彼の隣では呼吸をすることが楽だった。
この人はわたしの事情を全部知っているから。たまに故郷を思い出して郷愁の念に駆られても、ギルフォードは黙ってフューレアの側にいてくれた。
それは妹を慈しむような家族にも似た愛情かと思っていた。
フューレアは安心して彼に心を預けていた。
けれども、そうではなかった。
サロンは静かだった。今日はエルセは同席をしていない。男爵が席を外させたのだ。
いつものメニューを平らげ、コーヒーを飲むとようやく頭が回り出した。
「えっと……まずい状況かしら?」
フューレアは恐る恐る切り出した。昨日衆人環視の中でギルフォードから求婚された。あの場にいなくても噂は即座に人々の間を駆け巡ったに違いない。
「とりあえず、自分の目で確認しなさい」
男爵が渡してくれたのはロルテームで発行をされている新聞の中でも比較的硬派なものだった。
『ロルテーム日報』を受け取ったフューレアは紙面をめくっていく。
社交欄の項には大きくレーヴェン公爵家の嫡男であるギルフォード・レーヴェンがナフテハール男爵家の末娘であるフューレア・ナフテハールに求婚したという記事が掲載されていた。フューレアは騒ぎ立てる心臓を宥めつつ文字を目で追っていく。
記事には、ボートレースの見学席でギルフォードがフューレアに求婚をしたことと、これまで恋のうわさが全くなかったギルフォードの本命が男爵家の末娘であったことの驚きが合わせて掲載されていた。結婚は早ければ来春になるだろうという予測とともに、麗しの公爵家令息を射止めたフューレアの経歴が記されている。
「フューレア・ナフテハール。十九歳。輝く銀色の髪に紫色の瞳を持った男爵令嬢はナフテハール氏がリューベルン連邦の修道院から慈善事業の一環として引き取った養女である。十三歳の頃引き取られたフューレア嬢はかくしてロルテーム女性の羨望を一心に浴びることとなった……。ううう……やっぱり色々と書かれている!」
かりそめの経歴までばっちりと調べられている。
さすがは社会派の新聞だけあって記事は事実のみが淡々と書かれてある。多少記者の感想も混じってはいるが過度な私意は見られない。これはおそらく好意な部類だろう。ゴシップだともっと面白おかしく書かれているに違いない。
「はぁ……困ったわ。わたし、ギルフォードがわたしのことをそういう相手として見ていただなんてちっとも思わなかったのよ!」
まさに青天の霹靂だった。
ギルフォードがフューレアを妻に望んでいただなんて。そんなこと、これっぽっちも考えてみなかった。
「それは……」
一方の男爵夫妻は互いに目配せをしあった。
ギルフォードは分かりやすくフューレアを特別扱いしていた。
レーヴェン公爵家はフューレアの秘密裏の亡命の協力者だった。その縁もありギルフォードはフューレアの話し相手として公爵に抜擢をされた。最初は額面通りの関係だったが、ゆっくりとギルフォードの態度が変化をしていった。
フューレアに対して心を砕き、常に彼女を溺愛するギルフォードに感じるものがあった夫人は「あなた、鈍い子だから」と苦笑いだ。
「だって、ギルフォードがわたしに優しくしてくれるのは、単なる気遣いだと思っていたもの。わたしの事情を全部知っているからこそのことだと思っていたし。わたしもそれに甘えてしまっていたのだけれど」
ギルフォードはフューレアがフィウアレア・モルテゲルニーという名前だったことも、ゲルニー公国の大公家の一族に生まれたことも全部知っている。
だから彼の隣では呼吸をすることが楽だった。
この人はわたしの事情を全部知っているから。たまに故郷を思い出して郷愁の念に駆られても、ギルフォードは黙ってフューレアの側にいてくれた。
それは妹を慈しむような家族にも似た愛情かと思っていた。
フューレアは安心して彼に心を預けていた。
けれども、そうではなかった。