訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
悪意と優しさ
「なんだかんだと上手くいっているようで安心したわ」

 突然に遊びに来たフランカは少女二人の身支度の様子を眺めつつご機嫌にカップのお茶に口をつける。

「上手く……というか……。ねえ……」
「……逃げられないように完全に周囲を埋められたと言いますか」

 侍女に手伝わせつつ、二人は外出の準備を整えていく。長椅子に座ったフランカは自身の結婚前を思い出しているのか、楽しげだ。

「あら。満更でもないんでしょう? カルーニャなら船を使えば十日ほどの距離だし。移動も楽よね。船に乗ってしまえばいいんだもの。馬車の旅よりも断然に楽だわ」
「……」

 フランカの言葉にエルセは無言を貫いた。
 両家の親が承認をしてしまえば、娘に拒否権は無いに等しい。彼女は突然に降ってわいた求婚者の熱量に引き気味だ。

「わたしも結婚前を思い出すわぁ。ああ、この人でいいのかしら? 本当にわたし、幸せになれるの? なんて日々悶々としたものよ。夜会ごとにパートナーを変えたのも今となってはいい思い出よねぇ」

 幸せになることにどん欲だったフランカは社交デビュー一年目から恋に勤しんだ。フューレアがナフテハール男爵家の養女になったとき、彼女はすでに結婚をしていて娘が生まれていたから、彼女の結婚前の話を聞くのは初めてだ。

「もちろん、セラージャ商会の息子と一緒になっても幸せになれそうも無いっていうなら、わたしも力を貸すわよ。エルセは優秀だし、うちの娘の家庭教師だってぴったりだし。家庭教師をしながら結婚相手を探すのも手よ?」

「……いえ、それは」
「エルセは戸惑っているだけなのよねー。アマッドのこと満更でもなさそうよ」
 髪の毛を結ってもらっているフューレアは姿見の前から口をはさむ。

「それはフューレア様だって同じじゃないですか」
「そりゃあ、だってギルフォードは素敵だし。って、何を言わせるのよ。わたしにだっていろいろとあるのよ。考えないといけないことが」

 脳裏に浮かび上がったギルフォードに対して顔を赤くした後、フューレアは慌てて真面目な顔をつくった。

「わたしは元々恋にも結婚にも疎くて。しかもアマッド様は臆面もなくあんな恥ずかしい台詞ばかり吐くし……。つい蹴りたくなっても相手はセラージャ商会の息子だと思うとそれも出来ないし」

「あら、セラージャ商会の息子はエルセに惚れているんだから、蹴っても問題ないと思うわよ。むしろ新しい世界が待ち受けているかも?」
「お姉様。変なことをエルセに吹き込んだらだめよ」

 既婚子有りのフランカはついいつもの主婦仲間とのやり取りのように軽口を叩いてしまい、肩をすくめた。ここにいるのは未婚の令嬢なのだ。あけすけなやり取りは駄目だと少しだけ反省する。
 主人の会話のあれこれに顔色一つ変えない優秀な侍女たちは公園散策に合うよう二人の髪の毛を整えていく。

「このドレス……少し色が派手じゃないですか?」

 エルセが本日身に付けているドレスはフューレアが貸した薄いピンク色のものだ。普段から茶色や濃い色の衣服を好んで身にまとうエルセにこのドレスを見せた時、彼女は即座に「さすがにその色は無理です」と悲鳴を上げた。

「あら、似合っているわよ。エルセだって若い娘なんだからこのくらい明るい色を着ないと」

 フランカの言う通り、ピンク色のドレスはエルセを華やかに仕立てている。濃い金髪をした彼女にはピンク色がよく似合う。銀髪のフューレアが着るとなにか、少し違うような気がしてなかなか袖を通していなかった。

「あなたが地味な色合いのドレスばかり着ていると、わたしがアマッドの本命だと思われちゃうのよ」

 まだ二人きりのデートは勇気がないと言うエルセに付き合う形でフューレアは今日も彼女とアマッドと一緒にお出かけだ。とはいえ、途中でギルフォードが合流することになっているため、フューレアの支度も自然と力が入る。

 エルセがフューレアと同じくらい着飾っていれば、アマッドと並んでも見劣りしないし、間違ってもフューレアの付添人だなんて思われない。ギルフォードが合流をして、四人で公園を散策する姿が多くに人の目に留まればそれぞれ誰が誰のパートナーなのか拡散されていくだろう。

 実際アマッドはセラージャ商会の主の息子としてロームの社交界に顔を出している。
 彼自身、今回のローム訪問の目的が冬に出会ったエルセへの求婚であることを隠しもせずに話している。

 そういったこともあってアマッドとフューレアが親しく話している風景はエルセに近づきたいために彼がフューレアに仲を取り持つよう懇願した結果なのだと認識をされ始めている。

「そのドレス、帽子も一緒に作ってもらったのよね。ねえ、準備してあるのでしょう?」
 侍女の一人で視線を向けると心得た侍女の一人は机の上に用意してある帽子を両手で持ち上げた。

「エルセはいいとして、フューレア、あなたのドレスの色ちょっと地味じゃない?」

 ピンク色のドレスとは対照的に今日フューレアが選んだのは濃い青のドレスだ。飾りもあまりなく、前身頃にかろうじてレースが取り付けられているくらい。

「いいのよ、これで」
「どうして。もっと可愛らしいドレスたくさん作ってもらっているでしょう?」
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