訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
「だってギルフォードったら、いつもわたしのこと可愛いとしか言わないんだもの。なんていうか、あれって熊のぬいぐるみが可愛いと言うのと同じ気がするのよね。今日はね、いつもとは違って大人っぽいところを見せたいのよ」
もうすぐ二十歳になるのだから、可愛いではなく大人っぽいと言われたい。乙女心は複雑で、可愛いと言われるのは嬉しいのだけれど、できれば別の魅力も伝えたいし、驚いてもらいたい。
結婚に対して戸惑っているのに、ギルフォードの目には魅力的に映りたい。
相反する気持ちがフューレアの体の中でせめぎ合う。
フューレアの返事を聞いたフランカはにやにやする。
「あらあら、お熱いことで。今日レーヴェン公爵家にお泊りすることになってもわたしは驚かないわよ」
「お姉様!」
そんなことには絶対にならない。さすがにお嫁入り前なのだから、とフューレアはあけすけな姉に向けて叫んだ。
「でも、ギルフォード様との結婚は前向きになったってことなんでしょう?」
フランカは確信に笑みをさらに深める。
フューレアは言葉に詰まった。
「それは……」
「あら。あなたも結婚前の憂鬱を発症しているの?」
「それとは違うけれど……。わたし、結婚をしてもいいのかしら……」
ぼそりと呟いたそれは、フューレアの本音で。それに先日のレーヴェン公爵との会談も尾を引いている。あの件についてもきちんと結論を出さないといけない。足踏みをしていても道が開けるわけでもないのに、フューレアは立ち止まったまま。
フランカはやおら立ち上がった。
ずかずかとフューレアの座る横へとやってきて侍女からお化粧道具を取り上げる。フランカは最後の仕上げを手ずから妹へ施した。
「ん、きれい」
鏡の中には銀色の髪を後ろでまとめた品の良い娘の姿がある。帽子をかぶるため髪の毛に飾りは着けていない。
フランカは鏡に映ったフューレアに、満足げに瞳を細めた。
「いいこと? 前にも言ったけれど、幸せになることにどん欲になりなさい。お父様はあなたに幸せになってもらいたくてうちへ引き取ったのよ。神様だってあなたが幸せになるのを止めることなんてできないんだから」
思いのほか強い口調だった。真剣な瞳と鏡越しにかち合う。
フランカはフューレアのことを心底案じてくれている。そして彼女の信条でもある、幸せになることに貪欲であれ、と咤激励をする。
「わたし……」
「少なくとも、わたしはあなたがあなたの心のままにギルフォード様と結婚をしたら嬉しいわ。お父様とお母様も同じだと思う」
フランカがフューレアの肩にそっと手のひらを置いた。
力強い言葉に眦が熱くなってしまう。この間からこんな風にたくさんの言葉をもらっている。そのたびに目頭が熱くなって、今の幸せを痛感する。
「さあさ、支度が出来たのなら立ち上がりなさい」
湿っぽくなってしまった空気を払うかのようにフランカが声の調子を変えた。
扉が叩かれ、「セラージャ様がいらっしゃいました」と使用人が告げに来たのはそのときだった。
* * *
ローム郊外に広がる公園は一定の階級にのみ解放されていて、今日も少なくない人たちでにぎわっている。冬の長いロルテームでは太陽の光を浴びることが至上の悦びでもあるのだ。短い春と夏の期間、階級を問わず人々は外へ出て日差しを楽しむ。
アマッドの仕立てた馬車に乗って公園へとやってきたが、ギルフォードの姿は無かった。急用かな、とも思ったがそれなら彼の使いの者がやってきているはずだ。ということは予定が遅れているのかもしれない。
もうすぐ二十歳になるのだから、可愛いではなく大人っぽいと言われたい。乙女心は複雑で、可愛いと言われるのは嬉しいのだけれど、できれば別の魅力も伝えたいし、驚いてもらいたい。
結婚に対して戸惑っているのに、ギルフォードの目には魅力的に映りたい。
相反する気持ちがフューレアの体の中でせめぎ合う。
フューレアの返事を聞いたフランカはにやにやする。
「あらあら、お熱いことで。今日レーヴェン公爵家にお泊りすることになってもわたしは驚かないわよ」
「お姉様!」
そんなことには絶対にならない。さすがにお嫁入り前なのだから、とフューレアはあけすけな姉に向けて叫んだ。
「でも、ギルフォード様との結婚は前向きになったってことなんでしょう?」
フランカは確信に笑みをさらに深める。
フューレアは言葉に詰まった。
「それは……」
「あら。あなたも結婚前の憂鬱を発症しているの?」
「それとは違うけれど……。わたし、結婚をしてもいいのかしら……」
ぼそりと呟いたそれは、フューレアの本音で。それに先日のレーヴェン公爵との会談も尾を引いている。あの件についてもきちんと結論を出さないといけない。足踏みをしていても道が開けるわけでもないのに、フューレアは立ち止まったまま。
フランカはやおら立ち上がった。
ずかずかとフューレアの座る横へとやってきて侍女からお化粧道具を取り上げる。フランカは最後の仕上げを手ずから妹へ施した。
「ん、きれい」
鏡の中には銀色の髪を後ろでまとめた品の良い娘の姿がある。帽子をかぶるため髪の毛に飾りは着けていない。
フランカは鏡に映ったフューレアに、満足げに瞳を細めた。
「いいこと? 前にも言ったけれど、幸せになることにどん欲になりなさい。お父様はあなたに幸せになってもらいたくてうちへ引き取ったのよ。神様だってあなたが幸せになるのを止めることなんてできないんだから」
思いのほか強い口調だった。真剣な瞳と鏡越しにかち合う。
フランカはフューレアのことを心底案じてくれている。そして彼女の信条でもある、幸せになることに貪欲であれ、と咤激励をする。
「わたし……」
「少なくとも、わたしはあなたがあなたの心のままにギルフォード様と結婚をしたら嬉しいわ。お父様とお母様も同じだと思う」
フランカがフューレアの肩にそっと手のひらを置いた。
力強い言葉に眦が熱くなってしまう。この間からこんな風にたくさんの言葉をもらっている。そのたびに目頭が熱くなって、今の幸せを痛感する。
「さあさ、支度が出来たのなら立ち上がりなさい」
湿っぽくなってしまった空気を払うかのようにフランカが声の調子を変えた。
扉が叩かれ、「セラージャ様がいらっしゃいました」と使用人が告げに来たのはそのときだった。
* * *
ローム郊外に広がる公園は一定の階級にのみ解放されていて、今日も少なくない人たちでにぎわっている。冬の長いロルテームでは太陽の光を浴びることが至上の悦びでもあるのだ。短い春と夏の期間、階級を問わず人々は外へ出て日差しを楽しむ。
アマッドの仕立てた馬車に乗って公園へとやってきたが、ギルフォードの姿は無かった。急用かな、とも思ったがそれなら彼の使いの者がやってきているはずだ。ということは予定が遅れているのかもしれない。