訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
あなたと結婚します!
「とてもきれいね、フューレア」
「ほんとうに。きれいよ、フュー」

 ナフテハール男爵夫人とフランカが口々に褒めてくれた。
 今日の本番を前に、さすがのフューレアも昨日は寝つきがよくなかった。

 結婚式はローム郊外の小さな教会で行われる。ハレ湖へと流れるハーデル河の支流沿いにあり、辺りは牧草が広がりのどかな風景が広がっている。青い空と緑色の大地が目に鮮やかだ。

 結果的には結婚式を急いでよかった。式が終わり正式にフューレア・レーヴェンとなったあと、フューレアは世間に己の出自を明かすことになっている。フューレアの子孫にモルテゲルニー家に付随する諸々の権利が一切発生しないことを了承する誓約書に署名をした。これで邪な考えを持つ人間がフューレアに近づくこともないだろうし、所在を明らかにするのだからフィウレオ・モルテゲルニーの前に偽物が現れることもなくなる。

「ありがとう。お母様、お姉様」
「顔が白いわよ。今のうちに何か食べておきなさい」
「そんなこと言って。あなたみたいに神経が太くないのよ、フューレアは」
「お母様。何気に失礼ね」

「そんなこと言っても。フランカは結婚式の前日だって夕食をモリモリ食べて、良く寝た~って翌朝も起きてきたじゃない」
「そんな昔のこと忘れたわよ」

 母親の鋭い突っ込みに、フランカの方が話を逸らした。

 ロルテーム一番の仕立て屋に特別料金を払い、超特急で仕上げてもらった花嫁衣装はそうとは思えないほど見事な出来栄えだった。ドレス全体に精緻な刺繍が施され、スカートの裾には沢山の水晶が縫い付けられていて歩くたびにきらきらと輝いている。

 とても暖かい家庭に迎え入れられた。それはとても幸運で、一緒に暮らす男爵夫人のことを、フューレアは大好きになった。

 初めてナフテハール男爵家に来てから、沢山のことがあった。
 最初は緊張で食欲もなかった。生まれて初めて食べたニシンの酢漬けが非常にまずく感じたこと。けれどもどうにか頑張って出された分は全て食べきって。その日はずっと口の中が生臭く感じてどうにも気分が悪かった。

 新しく父となった男爵はフューレアを色々な場所へと連れて行ってくれた。
 ボートに乗っての運河巡りには目を輝かせた。水の上からロームの街を見た時の新鮮な気持ちと感動は今でもよく覚えている。

 メーペ湾に連れて行ってもらって、魚釣りをした。うねうね動くミミズのような餌を見て叫んだのも今ではいい思い出。

 本当にたくさんのことを思い出す。
 全部、フューレアにとってかけがえのない宝物。
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