ふたつ名の令嬢と龍の託宣

【第8話 守りし者】

 この部屋は居心地がよかった。

 かぐわしいお茶においしいお菓子、包み込むようなソファと、暖かい暖炉。お気に入りのカップに、かわいらしい人形たち。
 好みのインテリアと小物に囲まれて、わたしはとてもしあわせだった。

 大好きな色のカーテンが部屋を広く明るく見せる。窓ガラスはピカピカに磨かれ、差し込んだ陽の光がキラキラと輝いていた。

 何気なく視線をうつした窓の外に。

 ――わたしは絶句した。

 窓の外には、荒れた庭があった。
 柵はやぶれ、草が生い茂り、でこぼことした地面はところどころ大きな穴が開いている。大小の石が転がって、ガラスの破片がちらばっている。ここを通るのはとても危険そうだ。

 そして庭には、背を丸めた人間がうめくように転がっていた。足を引きずりながらはだしで歩いている者もいる。

 小さな痩せた子供が、うつろな瞳で水を求めていた……

 わたしは部屋を振り返った。
 ここは暖かく、テーブルの上にはおいしそうな食べ物が湯気を立てている。

 わたしはドアを開けて外へ出ようとした。

 でも、この部屋にはドアがなかった。
 窓を開けようと手を伸ばした。はめ殺しになっていて窓も開けることはできなかった。

 分厚いガラスが荒れた庭とこの部屋を隔てていた。
 食も暖も安らぎも、ここにはすべてがあるのに――

 わたしは必死に出口を探す。
 あの荒れた庭を、あそこで苦しんでいる人たちを、この手でどうにかしなければ。

 窓のガラスを力の限りたたき、爪から血が出るまで引っかき続けたが、扉はついに開かなかった。

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