どうも、薬作りしか取り柄のない幼女です

「最後に……[マナの花]の根を入れて……完成だわ」
 両手の甲に刻まれたデュアナの花の紋章が光り輝き、小さな魔術陣がゆっくり回転する。
 小瓶の中の液体が光り輝くと完成。薬が完成すると両手の甲に浮かぶ紋章《もんしょう》と魔術陣は消えた。
 小瓶を持ち上げ、唾を飲み込む。
 中身は——毒。
 私は今からこれを飲んで、自害する。
 材料に使った[マナの花]は、その名の通りマナのを吸収して花開く。マナとは魔力となる前の元素。人間には非常に濃い毒素の塊。
 その毒素を抜いた物質が魔力。
 私はその知識を用いて、毒を作ったのだ。自分を殺すための、毒を。

「…………」

 見上げた空は曇っていて、光もない。
 掲げた小瓶はそれを移すかのように色を濃くする。半透明なその液体を、私はいよいよ口に運んだ。
 仕方ないのだ。
 私は崖の国という大陸東部にある、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)の国に生まれた。その国は作物が育たず、家畜を飼うのも向いていない。
 子どもが産まれても、よほど裕福でなければ育てることができない国。
 だから産まれてすぐに、火聖獣(ひせいじゅう)聖殿(せいでん)へと預けられた。
 火聖獣とは、世界を生み出した創世神(そうせいしん)が五つに分かれた獣の一体。
 そして崖の国は、その火聖獣を信仰する国。
 火聖獣の聖殿とは、火聖獣に祈りを捧げ、国を支える役割を持つ場所のことである。
 聖殿の前に捨てられた私は聖殿で薬学を学び、薬師となって王城に召し抱えられた。
 それから三十年、王城の個人工房で、ずっと薬を作り続ける日々。
 それ自体に不満はない。薬作りは楽しかったから。
 でも、昨日突然王女スティリア様が従者の方を伴って私の工房を訪れた。
 そうして言い放ったの。

「これまでご苦労だったわね。もうお前は用済み! わたくし、聖森国(せいしんこく)の王太子、ルシアス殿下のもとへ輿入れが決まったの! あー、わたくしもこれで“薬師の聖女”から解放されるわぁ〜」

 は?
 突如現れた王女殿下の発言の数々は、すべて寝耳に水。
 ベラベラと、スティリア王女は話してくれた。
 私が薬師になったのは十五の頃。
 スティリア王女はその頃から、私が作った薬を“自分が作った”と偽って他者へ施してきたらしい。
 私は、私が作る薬が売れればそのお金が聖殿に入り、私と同じ境遇の子どもたちがお腹いっぱい食べられると——そう信じて薬を作ってきた。
 なのに、その薬はスティリア王女が()()()利用されてきたという。
 じゃあ、私の作ってきた薬は……その代金は? 聖殿の子どもたちは、救ってあげられていなかったの?
 休みもなく働き、空いた時間に聖殿へ行くと出迎えてくれたあの子たち……確かにお腹いっぱい食べられている様子じゃなかった。
 私の薬がもっと効果が高くて、量をたくさん作れたら、もっと高く売れたなら、あの子達はお腹いっぱい食べられて、勉強もたくさんできて、なりたい職業に就ける。——幸せになれると……。

「そういうわけだから、わたくしのいなくなったあともお前に薬を作り続けられるのは困るのよ。わたくしが作ってなかったって、民にバレちゃうでしょ?」
「え? え、で、でも……私、ここを追い出されたら、どうしていいのか」
「じゃあ死んだらいいんじゃない? お前がいなくなっても誰も困らないでしょ? それに、三十路過ぎの小汚いオバサンなんて、いまさら結婚して子を産むこともできないだろうし。わたくしが幸せになる邪魔になる者は、死ねばいいのよ」
「——っ」

 相手は聖獣に仕える王族。私はただの薬師。
 私がいなくなっても——誰も困らない……。

「とっとと出ていけ! この薄汚いババアめ!」
「二度とツラを見せるなよ!」
「い、痛い! 痛い、やめて! 自分で歩けますから!」

 ——そうして、私は崖の国を出た。
 あのまま兵士たちの手に身を委ねていたら、それこそ崖の国自慢の断崖絶壁から突き落とされそうだったのだもの。
 荷物もなにも持たせてもらえず、着の身着のままここまで来た。
 聖殿へ戻ろうかとも思ったけれど、王女の口ぶりから考えて戻れば聖殿にも迷惑がかかると思ったのだ。
 ざあ、と雨が降り始め、黒いローブが瞬く間に濡れていく。足が、重い。

 ——死ねばいいのよ。

 人の命を救うために薬を作ってきた。
 私と同じ境遇の子どもが一人でも救われればいいと、自分のもらうはずのお金をほとんどすべて聖殿に寄付して。
 けれど、実は私のもらうはずのお金はスティリア王女が無償で私が作った薬を配って回っていて……そもそも対価をもらえていなかった。
 つまり私は薬師になって二十年近く、タダ働きをしてたということ。

「……ばかすぎるなぁ、私……」

 こんなに長い間、スティリア王女に利用されていたことに気づかずにいたなんて。いっそすごすぎない?
 薬師の聖女——噂は耳にしたことがある。
 効能の高い薬を無償で貴賤問わず施す、清らかな美しい乙女の噂。
 でも、日々の多忙さと興味があまりなかったからすぐに忘れてしまった噂。
 まさか陰で自分が関わっていたなんて。

「はは……」

 陰で自分が、ね。私はスティリア王女の影武者だったというわけね。
 そして、もう『用済み』。
 私が信じていたものは全部ハリボテ。“私の薬”なんてものは世間にはただのひとつも出回っていなかった。それで救えていたと思っていたものも、本当はなかったのだ。

「うっ」

 気づくと周りは森。ぬかるみに足を取られて倒れ込む。
 頭の中にまた、スティリア王女の「死ねばいいのよ」という言葉が響く。私は彼女の幸せの邪魔になってしまうらしい。
 ……それもいいかもしれない。
 身寄りもなく、帰る場所も生きる意味もなくなってしまった。
 森の中だなんてお(あつら)えむきじゃない?
 薬師として、素材の採集中に死んだことにすればいいのよ。
 体力もないし、陽射しもそんなに好きじゃなかったから、わざわざ自分で材料採集なんてしなかったけど……薬師っぽい死に方だと思う。私っぽくは、ないけれど。
 だって、個人工房の外へ出るとみんなが私を見て笑うんだもの。
「薬作りしか取り柄がないのに、外へ行く用事なんてあるのか」って。
 その通り。外へ出る用事なんてない。だから、自然と出かけなくなった。
 立ち上がって、素材を探す。自分を殺すための、毒薬の素材。

「すごい……崖の国では手に入りづらい薬草ばかりだわ……」

 これで作ってみたい薬はたくさんある。でも、今の私には必要ない。もう二度と薬は作れないし、作ってもあの“聖女様”の手柄にされるものね。

「あ……」

 その時だ、地面に大きな割れ目。そのすぐ側に、とんでもないものを見つけた。
 マナの花だ。
 信じられない。年に一度、マナの濃い場所にしか咲かない希少な花だわ。

「! そうだ! これなら——!」

 そうして出来上がった毒薬を、私は一口だけ口に含み、味を確認しながら飲み込む。
 甘い。意外と味は悪くない。では、効果は?
 すぐに全身に熱を帯びた痺れが広がり、喉が焼けるような痛みを発する。

「ぐ、あ、あぁぁぁあっ! ああああああっ!」

 しまったなぁ、こんなに痛くて苦しい毒になるとは思わなかった。
 もっと、苦しくない、美味しい毒を作ればよかった……って、なによそれ、そもそも、薬師が苦しくなくて美味しい毒を作ろうっていうのがおかしい——。

「…………」

 痛みで気が遠くなる。自分の体が地面に倒れたは、わかった。
 浮遊感。死ぬ時って、こんな落下でもしているかのような感覚になるんだ。
 ぐらぐら、ぐらぐらと……世界が——廻る。
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