エリート獣医師の海知先生に恋をして
第二章 出会いは偶然
 朝一番に仲秋に到着した。

 各自がマスターキーを持っているから、いつきても入れる。

 白衣に着替え、入院室で寝起きをしているテンダーとマキオに挨拶をして、受付に行った。

 そういえば昨日、海知先生が受付の予約表を見てたな。気になって、パラパラめくってみた。

 びっしり隙間なく埋まっている予約表は、目がチカチカするし、昨日の忙しさが頭をよぎる。

「頭を切り替えて、掃除しよ、掃除だ掃除」
 
 床掃除をしていたら、みんなが出勤してきた。
 シューズの音が、今日も一日がんばるぞって言っているみたいに軽やか。

 そういえば院内で、ゆっくりと歩いている足音なんか聞いたことがない。
 院長以外は全員がスタスタ、シャカシャカ院内を走り回っている。

「おはようございます」
 大きな元気な、よく通る声が院内に響きわたる。
 海知先生が出勤してきた。

 朝人って名前の如く、日が沈んでも朝六時のような元気で爽やかな先生。
 まさしく、朝の人。

 待合室の艶々の青色のソファに乗って、大きなウインドウを拭いている、私にまで聞こえてくる。

 海知先生がいるだけで、その場がきらきら華やかになり、明るくエネルギッシュな雰囲気になる。
 強い存在感が、そういう空気を作れるんだな。

 泉田先生と話す元気な声が、ケアステから漏れてきたと思ったら、軽快な足音が近づいてくる。

 人柄が表れるのか、悠然としながら明るく弾む足音に、海知先生の足音だと記憶する私の心が弾む。

 鼓動をどくんと大きく鳴らして、心が嬉しいって叫ぶのはいいけれど、体が焦ってどぎまぎしちゃう。

 近づいてくる足音に合わせて、窓ガラスを拭いたまま、首だけタイミングよく振り返った瞬間。

「おはよううううややややや!」

 奇声を上げながら、丸みを帯びたつるつるのソファから足を滑べらせ、右肩からくるんと回転した。

「おはよう。陽気な新手のラッパーか? それとも、なにか俺に呪いでもかけたのか?」

 床に落ちかけた私の体を、海知先生が右腕で、ひょいと軽々と抱き寄せてくれた。

「慌てないで、焦らないで。怪我をされたくないよ」

 おはよううううやややややは恥ずかしい。せめて可愛く、きゃって声が出てほしかったな。

「それより、俺の聴診器の痕が、くっきり額について赤いぞ。心配だよ、大丈夫か」

「はい、痛くありません」
「聴診器」
「そっちですか」
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