聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~
三姉妹聖女

1

 天界には神々が住んでいる。
 神々は現世に住まう人々を見守っている。
 彼らは決して、自らの手で現世に関わることはしない。
 大自然を司る彼らは、時に天災を起こして試練を与えることもある。
 結局は彼らの気まぐれに、人々は振り回されることになるだろう。
 人々はそれに従うのみ。
 なぜなら神々は至高の存在であり、人ではたどり着けない遠い場所にいるのだから。

 ただし、遠く離れた場所にいるとも、関わりがないわけではない。
 神は自らの権能を知らしめ、人々に信仰心を抱かせ導くための代理者をたてる。
 器となった者は神の御業の一部を授かり、代行者として他の人々を救い、導くだろう。

 その中の一人に『聖女』がいた。
 正しき心と、清らかなる身体。
 穢れなき魂を持った乙女は、神の導きを受ける。
 主たる神に祈りを捧げることで、様々な奇跡を起こすことが出来る。
 故に、聖女は絶大の信頼と敬意をもたれる。
 例え聖女に選ばれた者が、貴族であろうと村娘であろうと。

 しかし、信頼は無条件ではない。
 神の器と言えど、元を辿れば同じ人の子であることに変わりはない。
 様々な思惑や変化によって、信頼は簡単に失われる。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 パルプード大聖堂。
 イタリカ王国の首都パルブに建てられた巨大な聖堂には、毎日多くの人々が訪れる。
 懺悔、祈り、懇願と目的は様々だが、共通することが一つある。
 彼らが求めている存在は、この国の『聖女』だった。
 イタリカ王国では百年に一度の周期で、国民から聖女が誕生している。
 聖女となった者は王城に迎えられ、大聖堂にて役割を果たす。
 此度の聖女が誕生したのはちょうど五年前。
 世界全土を覆った未曽有の大災害によって、国中に感染症が蔓延し、あわや滅びの一歩手前まで至ってしまった頃。
 聖女が誕生し、王国を、人々を救った。

 そして現在――

「聖女様! 我が子を救ってください」
「とても辛そうですね」

 母親は幼い我が子を抱きかかえていた。
 一歳にも満たないであろう赤ん坊は、頬を赤くし呼吸を荒げている。
 母親の話によれば、昨日から高熱を出し苦しんでいるとのこと。
 街の医者にも見せたが改善せず、縋る思いで大聖堂を訪れたそうだ。

「聖女様!」
「心配いりません。この子の魂は無垢で純粋です。未来ある魂を、主は決して見捨てません」

 そう言って、赤ん坊の額に触れる。
 目を瞑り、主への祈りを捧げると――

「主よ――か弱き我らをお救いください」

 触れた箇所から淡い光があふれ出す。
 光は赤ん坊を優しく包み込み、病を消し去っていく。
 その光が消える頃には、赤ん坊の表情も和らいでいた。

「これでもう大丈夫です」
「あ、ありがとうございます!」

 母親は嬉しさで泣き、赤ん坊は元気よく笑っている。
 その様子を眺めながら、ほっこりとした気分にさせられて、自然と笑顔になる。

「いえ、お礼は必要ありません。あなた方親子に主の導きがあらんことを」

 午前中が終わり、お昼の一時間は休憩がある。
 一時的に大聖堂を閉めている間に、たくさんの人々が外で待っている。
 見えないように加工されているが、中々気を抜けない。

「アイラ様、お食事の用意が出来ました」
「ありがとうございます」

 大聖堂には王城から護衛の騎士と使用人が配置されている。
 聖女である私の身の回りの世話は、全て王城の使用人たちがやってくれていた。
 この良待遇も聖女であるが故の特権。
 とは言っても、良いことばかりではない。
 聖女としての重圧、責任感に押しつぶされそうになることもある。
 そういうときは思い出す。
 自分がどうして聖女になったのか、何をしたいのかを。

「よし! 頑張るわよ」

 自分で自分に言い聞かせ、鏡の前で身なりを整える。
 聖女の証である胸の文様と、金色の髪に青い瞳。
 どこへ行っても目立つこの見た目も、今はあまり嫌いじゃない。

 午後からも聖女の役目は続く。
 病を患った者に救いを、戦いで怪我を負った者に癒しを。
 それが聖女の役目であり使命だから。

 こうして長く忙しい一日が終わる。
 人々がいなくなってから、私は護衛の騎士と一緒に城内にある別荘へ向かう。
 聖女専用に造られた建物に、私は住まわせてもらっている。

「アイラ様、本日もお疲れさまでした」
「ありがとうございます。ほかのみんなは?」
「お二人とも、すでにお戻りになられております」

 使用人と会話してから、自分の部屋へ戻る。
 正直なところを言うと、こういう堅苦しい振る舞いは苦手だ。
 元々一般人だった私には、豪華で煌びやかな生活は肩が疲れるのかもしれない。
 だから、自室でのんびりしていられる時間が、私にとっては重要だ。
 聖女としての生活は快適だけど、こんなにも息が詰まる毎日が続くなら、途中で投げ出したくなるかもしれない。
 少なくとも私が一人なら、そうしていたと思う。

「ただいまー」

 そう、一人だったなら――

「おっかえりー! アイラお姉ちゃん」
「おかえりなさい」

 百年に一度誕生する聖女。
 そこに新たな奇跡が加わった。 
 此度の聖女は一人じゃない。
 私たち三姉妹だ。
< 1 / 50 >

この作品をシェア

pagetop