不条理なわたしたち
壁面には沢山のお酒のボトルとグラスが綺麗に並べられ、カウンターの上にはワイングラスが吊るされている。
薄暗い店内、主張しすぎない天井の照明、テーブル席に置かれたガラス製のキャンドルランタンが、しっとりとした落ち着いた雰囲気を醸し出してくれている。
バックで流れているメロディはゆったりして癒されるようなジャズピアノ。
此所はお洒落なバーだ。


「プハッ!おかわりっ!」

私は手の甲で口を拭いながら、空になったグラスをダンッとお店にそぐわない大きな音を立ててカウンターに置いた。

「葵ちゃん、いつも飲んでも二杯までだよ。六杯目は流石に止めた方が……」

バーのマスターがハラハラした顔で私を止める。

彼の名前も歳も聞いたことは無いが、マスターというだけあって話しやすく、聞き上手な物腰の柔らかい男の人だ。
歳はおそらく三十後半くらいだと思う。

そんな顔見知り程度の人を私はキッと睨み付ける。
それくらい今の私の心は荒れているのだ。

「客の言うことが聞けないってどうなってるんですか、この店はっ!」

私は周りの様子を気にすることなく再びお店にそぐわない大きな声を出す。
今の私は楽しくお酒を飲める状況じゃない。

「キャラが崩壊してるレベルだから、そりゃ止めるよ……」

今の私はキャラを崩壊させる程、相当酔っている。
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