仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う

伯爵と皇帝

***

ユーリスが十歳を迎えた頃の話だ。
宰相になったばかりの父ウィルベルムは仕事中の厳しい顔は怖く近寄り難かったが、ひとたび家族を前にするとその顔は緩み妻エリンを溺愛し愛息子のユーリスをかわいがる子煩悩な父親だった。
自分の前で堂々といちゃつく両親にユーリスは子ども心に呆れていたものだがそんな父を心から尊敬し優しく美しい母が大好きだった。
若き宰相と美しい妻、神童と呼ばれる息子は度々注目されたが、ごく普通のどこにでもいる幸せな家族だ。
しかし、ある日突然、その幸せな家庭が壊された。

「いいか、外に出るなよ」
深夜未明、屋敷が強盗に遭い、早くに察知したウィルベルムはユーリスとエリンを部屋のクローゼットに隠れさせると抗戦するため剣を取り部屋の外へと飛び出した。
恐怖の中わけも分からず身を縮めるしかできなかったユーリスをエリンは守るように抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫よ、きっとお父さまが悪い人たちを倒してくれるから」
「うん」
外の喧騒に震えるばかりだったふたりは煙たい匂いに気がつく。
恐る恐る部屋の外へ出れば屋敷に火が放たれたようで一気に炎が囲み廊下は火の海だった。
なんとか炎から逃れようとユーリスを抱きかかえエリンは逃げ惑い、ふたりは崩れてきた柱に挟まれ炎に巻かれた。
「うああああ!」
「ユ、ユーリス……!」
怖い!熱い!痛い!苦しい!
焼けつくような痛みに悶え苦しみ、身体に圧し掛かる重さもユーリスには恐怖でしかなかった。
ユーリスを庇うように柱に挟まれたエリンは必至でユーリスに燃え移る炎を消した後、力をなくしてぱたりと手が落ちた。そのことにも気づかず取り乱したユーリスは泣き叫ぶ。
「エリン!ユーリス!」
泣き声を聞き付け助けに来たウィルベルムが柱に挟まれたふたりを発見し火傷するのも構わず柱を避けた。
「エリン……!」
ユーリスに覆いかぶさるエリンを見おろしウィルベルムは苦い顔をする。
「お父さま熱い!痛いよ!」
「っ!ユーリス、今助けるからな」
エリンを横に避けたウィルベルムはユーリスを抱きかかえ強く抱きしめた。そして瞼を閉じているエリンに手を伸ばし頬を撫でると立ち上がった。
「お、お父さま、お母さまは?」
「ああ、お母さまは後から来るよ。さあ、外に出てお前の手当てをしないとな」
「ん……」
安心したのか気を失ったユーリスを抱き直し、悲しそうにエリンを見つめたウィルベルムは踵を返し炎の中を走りだした。

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