誘惑の延長線上、君を囲う。
何度も身体を重ねても、名字から名前呼びに変わっても、一緒に住む事になっても……、結局は日下部君は、あの人を思い続けているのかもしれない。それに加えて、私の事など女性としての好きではなく、あの人を手に入れられないが為の穴埋めかもしれない。誘惑の延長線上での欲を満たす為だけの存在または、関係性を持った罪悪感から包囲しているだけ。

日下部君が私を大切に扱ってくれているのは充分に承知している。けれど……”好き”の二文字が足りないだけで、心が締め付けられる。それでも、私からは怖くて言えない。今の関係性が終わってしまうかもしれないから……。将来的には結婚するかもしれない相手になった日下部君だけれども、関係性が終わってしまうのなら、我儘は封じ込めておこう。今の生活には何の不満もなく、寧ろ、以前の生活よりは格段に幸せで満たされているのだから……。

「……日下部君、私達は大人になったから、今度はさ、かき氷じゃなくて、ビアガーデン行こうね。夏の間に絶対に行こう!約束ね!」

日下部君の言葉を置き去りにするかのように話題を変えた。私はもう一度だけ、海水に触れてから立ち上がる。そんな私を穏やかな目で見つめながら、手を差し出してくれる日下部君。私は当たり前のように手を取り、恋人みたいに指を絡めて歩き出す。

ズルいかもしれないが、私は今の関係性を守り抜きたい。私の方こそ、日下部君が離れてしまったら絶望感に溢れてしまうから。

いつの日か、日下部君が心から好きと言ってくれる日が来たら、『私もずっと好きだったよ』と告げたい。その時はきっと、気がかりも解消されていると思うから──……
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