夢とりかえばやブックカフェ

わたしの幻夜

『神鹿』。

万葉の昔から神聖される鹿は
此処では
神様のお使い。
昔は
道で亡くなりになると
移動を
寺に願えねばならなく、
費用は
その敷地の持ち主払い。

ゆえに家の前の
お鹿さんの死骸を
隣の家の前に移動させて、
また移動させてと、
一番寝坊した人が
割を食う。

そんな話が生まれた江戸期には
特別な政策もあり、
殺生は持っての他。

誤って鹿を殺したとなれば
その子供が、
死骸と生き埋めされる
『石子詰』があるほど。

当時、寺の記録には
『死鹿清料控』金額は3文。
これが

『早起きは三文の徳』の

由縁なのだとか。
そんな昔話を聞きながら
わたしは万葉の都に

生まれ、
育ち、
営み、
伴侶を得た。

さて、

東大寺南大門の手前
観光客が連なり通る辺りから
少し
脇に逸れる池の畔に
興味のままに進んでみれば
突然
赤い鳥居が現れる。

広大な公園には
大仏殿から、
小さいながらも名を馳せる社が
点在する中、

緑芝生の公園に朱鳥居と
白い稲荷像だけ
鎮座する
場所がある。

名のみ語られる霊験さえ
謎な社。

不思議な匂いがする空間。

子供の頃から
この社を知る、わたしは

御百度参りを続けて、
丁度99度目の

霞みが、かかる朝。

何時もの赤鳥居を潜り抜けた
瞬間、
其処が何時もの公園ではないと
気付き、

とうとう
相手に出会える予感に震えた。

あるはずない
鳥居から伸びる参道。

金銀に光りつつ纏わりつく霞み。

参道の両脇に榊が植わり、
枝に藤の蔓が絡まり
房咲き、
松や桜が生えた
野原に
そここと鹿が寝そべって
こちらを伺っている。

覚束無い足取りで進み
剥き出しの拝殿に着く。

背景には
新緑の影を落とす
春日山が横たわり、
煌々と白む空には
金色の月輪が現れて、

逆光の中に其の輪郭を
わたしの眼に
鮮やかに映し出す。

巨大な満月を
背負い、
神職袴の姿で佇んでいたのは

立派な御角を持つ稲荷狐。

わたしが望む相手でもある、
角稲荷の神使いの

『睡』

だった。
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