あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています



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アシスタントたちが気にしていた和花の夜の仕事は、ビルの清掃の仕事だ。
父の死で画廊が倒産し、少なくない財産も借入金の返済に充ててしまった。
わずかに残った貯金では、病弱な母を抱えて美大を続けることは出来ない。

和花は美大を中退し、ビジネスカレッジで経理の資格を取った。
だが父に降りかかっていた詐欺疑惑の余波か、就職先はなかなか見つからなかった。

朝から昼過ぎまでパート社員として遊技業の会社で会計の仕事をこなし、夜はビルの清掃員として働く。
これが今の和花の仕事だ。
大翔からアシスタントの依頼があると、喜んで駆け付ける。
大好きな絵を思いっきり描けるからだ。

父が急死してから和花はこの慌しい生活で母を支えてきたが、それもあと僅かになった。
病弱だった母に新たな病が見つかり、余命宣告を受けたのだ。

和花が今必死で働くのは、母の残りの人生を豊かなものにするためだ。
父が生きていたら、きっと豪華な個室に入院させてあげて大好きな花に囲まれて過ごせるようにしてあげただろう。
だから和花も同じようにしようと頑張っている。
苦労した母には、穏やかな日々を過ごして欲しかった。
やがて和花はひとりになってしまうのだが、そんな先のことまで考えられる状態ではなかった。



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