あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています


五階にある特別室が母の部屋だ。
和花がそっと中に入ると、母はよく眠っていた。

今度こそと期待した高価な免疫治療薬も、母には合わなかったようだ。
副作用のせいか呼吸困難になりやすく、酸素吸入に頼る状態が続いている。

(お母さん)

心の中で、母に語り掛ける。

(この前、久しぶりに樹さんに会ったよ。相変わらず、いい声だった。もっとそばにいたら泣いてしまったかもしれない)

樹でなくても、誰かに優しくされたら張りつめた心の糸が切れてしまいそうだ。
それほど和花は母を失うのが怖いのだ。

(頑張らなくちゃ)

もうすぐ二十五歳になろうというのに、甘えてはいけないと泣きそうな気持をぐっとこらえる。
唯一支えて欲しかった樹は、自分から拒否してしまったのだ。
失意のうちに亡くなった父に申し訳なくて、樹からの連絡に答えることはできなかった。
今になって心細いから彼に支えて欲しいなんて、あまりにも自分勝手な考えだ。

(お母さん、眠ったままでもいいから生きていて。ひとりにしないでね)

しばらく眠り続ける母の手を握っていたが、夕刻が迫ってきたので和花は病室から出た。

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