あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています
「お母さんも頑張っておられるけど、状況は厳しい」
「はい……」
和花は、いつかは院長から母についての話があると覚悟していたが、まさか今日だとは思わなかった。
「それでね、僕たち兄弟は君の今後のことをお母さんから頼まれているんだ」
「えっ!」
病気についての話かと思ったが、どうやら違うらしい。
思わず和花は身構えた。
「和花ちゃんの親戚は僕らだけだろう?」
「は、はい」
「今のままでは君が可哀想だって、お母さんがおっしゃってね」
「そんな……私は平気です。母が頑張ってくれていれば私も……」
母の気持ちは嬉しいが、まだ和花には覚悟ができていない。
「そうだねえ」
岸本院長も、それ以上は話さなかった。
母が生きててくれたらそれでいいと思っている和花に、亡くなった後の話をするのはためらわれたのだろう。
「和花ちゃん。君の将来のことは、僕たちがなんでも相談に乗るからね」
今の和花にそれ以上かける言葉が浮かばないのか、晃大が優しく言った。
「いつか、和花ちゃんが絵の仕事についてくれたら嬉しいな。その時は、パリでもロンドンでも僕と一緒に行こうね」
「晃大さん」
その時は、いつか来るのだ。和花だって避けては通れないことはわかっている。
岸本院長と晃大がわざわざ和花を呼んで話すというのは、その時が近付いているのだろう。
和花に『そろそろ覚悟をしておくように』と促しているのかもしれない。
「ありがとうございます。ゆっくり考えますね」
和花はかすかに微笑むと、ふたりに頭を下げてから院長室を出た。