あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています



***



花屋で偶然に佐絵子と出会った日、仕事を終えた樹は弟のマンションを訪れた。
チャイムを鳴らしても、中々出て来ないから苛立ち紛れに十回程鳴らしてみる。

『はい』

インターフォン越しに、大翔の寝ぼけた声が聞こえた。

「俺だ」

数十秒待たされたあと、玄関のロックが外された。

「何事なの、兄さんがここに来るなんて」

ボサボサの頭をかきながら、大翔が顔を見せた。

「今、少し話せるか?」
「入稿したばかりだから、いいけど」

樹は中に入ると、いつも通り雑多なリビングを見回してからソファーに腰掛けた。
ふたりは向き合って座ったが、お互いに相手の出方を気にして黙ったままだ。

「なにか飲む?」

思い出したように大翔が声をかける。

「いや、お構いなく」
「うん。で、話ってなに?」

沈黙に耐えられなくなった大翔が、さっさと話せというように促した。

「今日、さえちゃんから連絡がなかったか?」
「えっと……?」

大翔は仕事が終わってからずっと寝ていたのだろう。
寝室に走って行くと、スマートフォンを手にして戻ってきた。

「佐絵子から? ああ、これか」

ブツブツ言いながらメッセージを読んでいたが、次第に機嫌が悪くなっていった。

「あいつ!」

大翔にしては珍しく声を荒げている。

「さえちゃんから、和花のおふくろさんのことを聞いた」
「もう兄さんには関係ないだろ!」

大翔は和花のことについて、なにひとつ樹に話す気はなさそうだ。

「どうしてそう決めつけるんだ」
「和花が、望んでないからだよ!」

大翔は喧嘩腰だ。

「俺は和花の力になりたい。俺に出来ることがあるなら、なんでもしたいんだ」

樹は大翔に自分の気持ちを伝えようとしたが、大翔は相手にしたくないようで不機嫌さを隠さない。

「今頃、なに言ってんだ」

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