あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています



***



樹の心は今、よくも悪くも弾んでいる。

(和花に会えた!)

弟の恋人の佐絵子を、たまたま仕事場まで乗せて行ったら偶然にも会えた。

(久しぶりだ。元気にしていただろうか)

大翔から和花の近況を聞き出すのは難しい。
兄弟といっても連絡を取らなくなったし、殆ど接点がないのだ。

(和花が嫌いになったわけじゃない。今でも好きだ)

樹の中では、和花と別れたつもりはないのだ。

この先、和花以上に好きになれる女性と出会えるとは思えない。
だが、彼女とは会えない理由があった。
彼女に避けられても仕方がないだけのことを、樹はしてしまったと自覚している。

『何で和花から離れたんだよ! 兄貴が幸せにするって言ったじゃないか!』

樹は今でも四年前の大翔の怒鳴り声を忘れてはいない。

(そうだ。ずっと和花を愛し、幸せにすると誓っていた)

だが、その夢はあっけなく終わりを告げたのだ。

久しぶりに見かけた和花は、長い黒髪をざっくり三つ編みにしていた。
Tシャツとスリムなパンツ姿だと、前より痩せたのがはっきりわかる。
元々貧血気味だったし、化粧っ気の無い顔は夏だというのに青白いほどだ。
この暑さの中、歩いているうちバタリと倒れそうだと心配になった。

「送って行こうか」

無意識に声を掛けてしまったが、返事はそっけないものだった。
もう笑いかけてくれないんだなと思うと胸が痛む。

(もう一度だけでも、頼むから笑顔を見せてくれ)

和花への消えない想いを、樹はどうしようもないまま拗らせていた。



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