あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています
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樹の心は今、よくも悪くも弾んでいる。
(和花に会えた!)
弟の恋人の佐絵子を、たまたま仕事場まで乗せて行ったら偶然にも会えた。
(久しぶりだ。元気にしていただろうか)
大翔から和花の近況を聞き出すのは難しい。
兄弟といっても連絡を取らなくなったし、殆ど接点がないのだ。
(和花が嫌いになったわけじゃない。今でも好きだ)
樹の中では、和花と別れたつもりはないのだ。
この先、和花以上に好きになれる女性と出会えるとは思えない。
だが、彼女とは会えない理由があった。
彼女に避けられても仕方がないだけのことを、樹はしてしまったと自覚している。
『何で和花から離れたんだよ! 兄貴が幸せにするって言ったじゃないか!』
樹は今でも四年前の大翔の怒鳴り声を忘れてはいない。
(そうだ。ずっと和花を愛し、幸せにすると誓っていた)
だが、その夢はあっけなく終わりを告げたのだ。
久しぶりに見かけた和花は、長い黒髪をざっくり三つ編みにしていた。
Tシャツとスリムなパンツ姿だと、前より痩せたのがはっきりわかる。
元々貧血気味だったし、化粧っ気の無い顔は夏だというのに青白いほどだ。
この暑さの中、歩いているうちバタリと倒れそうだと心配になった。
「送って行こうか」
無意識に声を掛けてしまったが、返事はそっけないものだった。
もう笑いかけてくれないんだなと思うと胸が痛む。
(もう一度だけでも、頼むから笑顔を見せてくれ)
和花への消えない想いを、樹はどうしようもないまま拗らせていた。