吸血鬼は永遠に

捜査官ローラ

 ローラは今日もランニングマシンの上で走っていた。少しピンクがかった白い肌に明るい栗色の短髪。美人と言えない事も無いが美女と言うよりは美少年と言った方が相応しい中性的な魅力があった。黄緑に近いアップルグリーンの瞳が顔の印象を一層鮮やかにしている。引き締まった体がより性別を曖昧にしていた。唯一の例外はポッテリとした厚い下唇で、彼女に女性らしい官能的な雰囲気を与えていた。

 彼女のランニングは趣味では無かった。職務の一環である。ミラは捜査官なのだ。犯罪捜査は体力勝負である。日々の鍛練は欠かせないのだ。
「よう、ローラ。今日もトレーニングか? 精の出るこったな」
同僚のマックスがからかい半分に話しかける。マックスは筋肉質の爽やかな顔立ちの青年だ。ダークブラウンの短髪に濃いブルーの瞳がヤンチャそうに輝いていた。
「ええ。筋肉は裏切らないわ。それに、貴方達男性と違って、私は初めから肉体的にハンディがあるんだもの、トレーニングを頑張るのは当たり前でしょう?」
「まあな。ほら、新しいスポーツドリンク見つけたんだ。お前にやるよ。味の方は分からんけどな」
マックスは持ってきたペットボトルをローラへ向かって投げた。
「ありがとう。ふーん、グレープフルーツ味って書いてあるわ。それなら外れは無いんじゃない?」
ローラはタオルで汗を拭うと、キャップをくるくる回して開けた。先ずは一口、口に含んだ。爽やかなグレープフルーツの香りと風味が口の中一杯に広がる。
「中々美味しいわよ」
「そうか。なら良かったぜ」
「おーい、ローラ居るか?」
先輩格のマイクが入ってきた。
「何ですか?」
「課長が呼んでいたぞ。課長室へ来るようにって」
「分かりました。すぐ行きます」
ローラは更衣室へと向かった。
「呼び出しか? 何だ?」
マックスがマイクに訊ねる。
「うん。多分またお小言じゃないか?」
マックスはフーッと溜め息をついた。
「アイツも大変だな」

 着替えを済ませたローラは課長室のドアをノックした。中からくぐもった声が響く。
「入りたまえ」
「失礼します」
ローラは中へ入ると、入り口に向かって設置された机の前に立った。頭の禿げ上がった、老獪な目付きの男がじっとローラを見つめる。
「あの……」
「うむ。先日の報告書だがね。ちゃんと書式に従って書いてもらわなければ困る。前にも言ったと思うが、我々管理する立場の者にとっては、ただでさえ膨大な量の書類に目を通すのは骨が折れる作業なんだよ。その効率を少しでも上げるために書式と言うものがある……。それくらい分かるだろう?」
「はい……」
ローラは床を見つめた。
「とにかくだ。次からはきちんと書式に則った書類を提出するように。それから今日はこの後、マックスと、とある屋敷へ行ってもらう。貴族の舘だが、そこで働いているメイドの母親から、休暇になっても娘が戻って来ない、と訴えがあったのでな。行って調べてこい。詳しい事はこれを読め」
課長はファイルをローラに手渡した。
「以上だ。戻って良いぞ」
「分かりました」
ローラーは一礼すると部屋を後にした。

 ローラは自分のデスクに戻ると、先程課長からもらった資料を調べ始めた。

●オーガスト・グレイ伯爵。42歳。グレイ家の現当主。

●妻ヴァージニアを十二年前に亡くして以来独身。孤独を好み人付き合いは殆ど無し。

●一週間前より、当家に勤めていたメイド、マリアン・ヤングの母、アンナより、「休暇に入っても娘が帰って来ない。屋敷に連絡を入れると『娘は忙しいから帰れない』と返事が来たが、娘はいつも必ず休暇には帰省していたのにおかしい、調べて欲しい」と訴えがあった

「伯爵……」
ローラはファイルに貼り付けられた写真をまじまじと見つめた。証明写真だから、顔の詳細な雰囲気までは分からないが、厳めしさを感じさせる、だが端正な男性的な顔立ちだった。貴族など、今までお目にかかった事もない。そもそも住んでいる世界が違うのだ。恐らく向こうだってそう思っている事だろう。果たして捜査は上手くいくかしら? ミラの胸に不安が過った。

「貴族の屋敷へ捜査だって?」
マックスがファイルを覗き込む。
「そうよ。貴方と二人でやるのよ」
「ふーん、中々良い男じゃないか」
「そういう事は関係ないでしょう?」
「そうかな? 案外そのメイドとやらも、ご主人様の男振りに惚れ込んで、それで屋敷に居着いているのじゃないか?」
「そんな事あるわけないでしょう? 雇い主と使用人の立場よ」
「分からんぞ。世の中っていうのは、案外そんなものさ」
「とにかく、大体の状況は把握したわ。捜査に出るわよ」
「おう。行くか」
二人はオフィスを後にした。
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